育児に疲れ、家事に追い詰められる……。そんな負のループから解放される、頑張らない、完璧すぎない「脱力系ミニマリスト生活」

ライフスタイル

2017/6/29

『脱力系ミニマリスト生活』(森秋子/KADOKAWA)

「ワンオペ育児」、などの言葉が流行る昨今、母親が子育て・仕事・家事に追い詰められ、疲弊したとき、どうやって打開すればいいのか。出口のない問題に、ひとつのヒントとなる本が、発売された。

―――子どもが小さいと、大切なものかどうかなんておかまいなしに、家中のものをどんどん触り、時には壊します。私はと言えば、睡眠不足状態でいつも体調が悪く、夫婦間の争いも絶えない日々。「やっても、やっても、終わらない」「大変なのに、誰にも感謝されない」と、鬱々とイラついてばかりの自分に自己嫌悪も感じていました。

 片付けられない自分にもイラついてしまう日々。いつの間にか私は、子どもが物を触ろうとすると、「これ、大事!」と注意して回るようになりました。でも好奇心旺盛な子どもはお構いなしに触り、私は注意するたびに疲弊していきました。

 そんなある日の夜、布団で「ママ、大事」と子どもがつぶやきました。
 本当に「大事」な物が何か、その時に初めて私は気が付いたのです。子どものほうが、「大事」と言う言葉を私よりも正しく使っていました。

 これを境に、私は「ミニマリストになりたい」と物を片っ端から手放すことができるようになりました。部屋から物がなくなると、生活が変わります。いろいろ触って注意されていた子どもも、何もない床で、のびのび遊び、それまでよりもずっと大きく輝いて見えました。―――

 実はこれは、6月1日(木)に発売、電子書籍化もされている『脱力系ミニマリスト生活』の「はじめに」を要約抜粋したものだ。

 ハウスキーピングをしていると実感することがある。それは、物を持つという事は、買う時のお金だけでなく、日常の「時間」と「手間」と「空間」を思った以上に浪費することだ。
物が多いだけで、家事は2倍、3倍にも膨れ上がる。完ぺき主義の人なら、余計にそれに拍車がかかるだろう。

 著者の森秋子さんは、それに気が付くことが出来たおかげで、子どもを注意し、疲弊し、自分を責める毎日から、少しずつ脱却することができた。それを実現してくれたのが、「ミニマルに暮らすこと」。具体的には「物を持たない」「買わない」暮らしだ。

「ミニマリスト」と聞いて思い浮かぶのは、ワンルームにマットレスと机、そしてノートPCだけが置かれているという、たしかにすっきりとはしているけれど、どこか味気ないような、無機質な生活を送る人のことだった。ものに縛られないくらしに対する憧れはあるものの、徹底的な合理性が窮屈にも感じて、正直挑戦したいと思うことはなかった。

 しかし本書はひと味違う。秋子さんがたどり着いた、のびやかでぬくもりのあるミニマルな暮らしのヒントが多数記されている。

 たとえば、秋子さんが「買わない」ために編み出したのは、買い物欲がおさまる「カタカナ語変換の魔法」。キラキラしたカタカナ語を日本語に変換するだけで、「キラキラの魔法」から解放され、物欲が自然におさまるというものだ。

 具体的にはこんな感じだ。
「ママ友とレストランでランチをした」→母親同士でご飯を食べた。
「プチプラで高見え」→安物で高いふり。
「タワーマンションに住んでる」→縦長集合住宅に身を寄せている。

 こんなちょっとした視点の切り替えで、窮屈さを感じさせずにシンプルな生活を実現できるのだ。

 さらにおもしろいところは、「脱力系」という言葉から受ける「ゆるさ」やいい意味での「適当さ」がすべてではないということ。「私の場合には激しい「欲望」が根底にあります。貯金と自由時間を増やしたい、そして自然の美しさや愛をむさぼりたいのです」というように、手放すことそれ自体ではなく、「手に入れる」ことが目的だというところだ。

 欲望が根底にあるからか、ときに「荒ワザ」も用いる。たとえば、「熱い欲望を持って捨てまくりたい時には、「生きるか死ぬか」を基準にして手放します」、使いづらく人前で出しにくいクマのポーチを財布代わりにすることで「自然とハードルがあがり、むやみやたらに買い物はできません。小銭をばら撒きそうな小さなクマの財布を使っていると、文字どおり、財布のヒモが固くなりました」と、その極端さに思わずクスッとしてしまう。

 ものに対してだけではなく、人間関係についてもそうだ。
「ママ友」は一時期を共有し、すれ違っていく関係だと割り切り、夫婦ゲンカが増えて疲弊してしまったときには、脳内で「エア離婚」をして夫を“愛人”と思い込むことで乗り切る。

 でもきっとこの極端さがあるからこそ、細かいルールや押さえつけられるような窮屈さから開放された、脱力系、ミニマリスト生活が実現できているのだろう。

「生活」も「人間関係」も「ミニマリスト」の程度も、ピカピカ、傷1つない完璧を目指すと苦しいことになる。 肩の力を抜いて「減らしていく」という、ミニマリスト生活で、まずは「自分の時間」「お金の余裕」を増やし、ぬくもりや輝きを感じることが少しでも増えること。それはきっと、多くの人が目指したいと思うくらしのかたちではないだろうか。

文=近藤世菜