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村上春樹作品は、おっさんと女子学生が“おっぱい”について語ることが多い?【連載】〈第1部 顕れる女子学生編〉

『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』
『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』

 2017年2月、分冊となると2009~10年に出版された『1Q84』以来となる長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)を上梓した村上春樹。本作はこれまでに多くの書評やあらすじ、謎解きなどが行われてきた。

 そこでここでは趣向を変え、村上作品に繰り返し現れるものやアイテム、登場人物など通底するテーマ(あるいは変奏曲や通奏低音のようなもの)について考察を試みた。「昔は読んでいたけれど、ブームになってしまったので最近は読んでいない」という“春樹デタッチメント”な状態の「オールド村上主義者」の方が、往年の作品のような展開を見せる『騎士団長殺し』を読むきっかけになれば、というスタンスでお送りしたい。

 その前に『騎士団長殺し』のあらすじを簡単にご紹介しよう。

 主人公は36歳で肖像画家を職業とする「私」だ。妻から別れを切り出され、東京から新潟~山形~秋田~青森~北海道~青森~岩手~宮城とひとりあてどもなく車で旅をした後、福島県いわき市の手前で車が壊れたため廃車にして電車で帰京。美大の同窓生だった雨田政彦に電話をすると、小田原の山の上にある高名な日本画家である父の雨田具彦の家(具彦は92歳という高齢のため施設に入所していて空き家だった)に住むことを勧められ、8ヶ月あまりその場所に逗留することになる。ところがある日「私」が偶然屋根裏で雨田具彦の作品「騎士団長殺し」を見つけたことに端を発し、奇妙な穴まで発見、よくわからない人やキャラまで出現して、思いもよらない事態に巻き込まれていく……という村上作品ではおなじみの「誰かがいなくなって、少々変わった登場人物が出てきて、否応なしに巻き込まれ、妙な場所へ行ったり、不思議体験をしたり、何かと戦ったりして、最後は日常へ戻る」というパターン(といってしまうと身も蓋もないが)が展開する。往年のファンは「おお、なんかこういう春樹久しぶり!」と感じられるであろう作品だ。

 この考察では多少のネタバレはしてしまうが、『騎士団長殺し』を“小説として読む楽しみ”を削がないよう、話のポイントには触れるが、物語の筋にはあまり触れないようにしたい。読了後にこれらの考察に触れると「ほほー、なるほど」と楽しめるような内容になればと考えている。

 ということで、第1部は〈顕れる女子学生編〉だ。

■“おっぱい”について語る、おっさんと女子学生

 1994年に発表された『ねじまき鳥クロニクル』以降、名前がわかる主人公が多かった村上作品だが、前作『色彩を持たない多崎つくると、その巡礼の年』では登場人物たちの名前自体が作品のモチーフになったことの揺り戻しなのか、本作の主人公には久々に名前がなく、「私」とだけある。またこちらも久々となる「一人称」で書かれた小説だ(部分的な一人称の使用ではあるが、長編では『海辺のカフカ』以来だ)。「私」の職業は肖像画家だが、近所に住むリタイヤした大金持ちの免色渉と、その免色の娘かもしれない中学生の秋川まりえ(「私」が講師をする絵画教室に通っている)、妻との別れの後に旅先の仙台で見かけた「白いスバル・フォレスターの男」という3枚の肖像画と「雑木林の穴」の絵を描いているだけなので、無職が多い歴代の主人公の中では仕事をしている方かもしれない。

 村上作品には10代の女子学生がしばしば登場するが、『騎士団長殺し』に登場する秋川まりえは、小柄で無口な13歳だ。肖像画を描き始めた初日に「わたしの胸って小さいでしょう」「膨らみそこねたパンみたいに小さいの」と「私」に言う。それに対して「まだ中学校に入ったばかりだろう。これからきっとどんどん大きくなっていくよ。何も心配することはない」と返している。それでも胸のことが気になって仕方ないまりえに「私」は「ぼくだって君くらいの歳のときには、おちんちんのことばかり考えていたような気がするな」と自分の股間を引き合いに出し、さらにまりえから乳首はいつから大きくなるものなのか、高校時代のガールフレンドの乳首を見たかと質問される。まりえはよほど小さな胸がコンプレックスのようで、物語の後半でも「私」と胸についての話をする。また「私」以外にも胸について助言されているが、それは本書を読んで確認してほしい。

 村上作品では、おっさんと女子学生が“おっぱい”について語ることがよくある。

『ダンス・ダンス・ダンス』には13歳の少女ユキが出てくる。彼女は学校へは行かず、トーキング・ヘッズのトレーナーシャツを着て、有名な写真家の母と小説家の父がいる。箱根の山のてっぺんに家があり、赤坂にマンションもある。主人公の「僕」とは札幌のいるかホテルで出会っていて、彼女は不思議な感覚(予知能力みたいなもの)を持ち、バージニア・スリムを吸い、ハワイでは「僕」と一緒にピナ・コラーダを何杯も飲み、「最近の十三の女の子はみんなブラくらい持ってるわよ」と言っている。

『ねじまき鳥クロニクル』で出会ったのは小柄で、ショートホープを吸い、ビールを飲む笠原メイだ。高校生である彼女はバイク事故で怪我をしてから学校へは行っておらず、街中で薄毛の人をカウントするというかつらメーカーのアルバイトをしている。そのメイは「乳房が4つある人を好きになったらどうするか」という質問を主人公の岡田亨に浴びせているが、逆にメイの小さく盛り上がった少女らしい乳房を見て形容するシーンもある。

『1Q84』で小説『空気さなぎ』を書いた不思議な少女ふかえり(深田絵里子)は17歳の高校3年生だ。彼女は村上作品に登場する女の子にしては珍しく豊かな胸を持っており、『空気さなぎ』を書き直す役目を担った主人公の天吾と初めて会った際には白ワインを飲んでいる。また天吾は『空気さなぎ』の新人文学賞の受賞記者会見には胸の形がきれいに出る薄い夏物のセーターを着て出れば、記者はそっちに目がいって難しい質問をされないで済むんじゃないか、とふかえりに助言している(実際にその格好で出た)。その後、2人は「オハライ」のために交わることになるが、その裸の胸について「彼女の乳房はみごとに完全な半球を描いていた」と事細かな描写がなされている。

 また『海辺のカフカ』の主人公である田村カフカは15歳の男子中学生で、夢の中や森を抜けたところに存在した不思議な町で15歳の少女と出会うが、彼女は女子学生ではない(高松の甲村記念図書館にいた佐伯さんかもしれないし、そもそも生きているのかどうかさえはっきりしない)ので割愛する。

 それにしても30代のおっさんが10代半ばの女子学生とおっぱいについて話したり、タバコを吸ったりお酒を飲んだり、あまつさえ性交までしたら大変な状況になることが考えられるが、村上作品ではごくごく普通のシチュエーションであるのだ。しかし『騎士団長殺し』の秋川まりえは過去の登場人物たちとは違い、タバコも吸わないしお酒も飲まない。また昔の登場人物たちはけっこう酒酔い運転をしていたが、『騎士団長殺し』に出てくる免色は「私」の家でウィスキーを飲んだ後、ちゃんと車を置いてタクシーで帰っている。やはり今はいろいろとコンプライアンスがあるから……かどうかはわからないが。

 ということで、次回は〈第2部 奇妙に符号する妙なキャラ編〉と題し、あてどもなく考察してみたい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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