村上春樹作品でキーとなる謎の場所まとめ【連載】〈第3部 遷ろう謎の場所と通路編〉

文芸・カルチャー

2017/7/7

『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』
『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』

「オールド村上主義者」が『騎士団長殺し』を読むきっかけになってほしい、というスタンスでお送りしている「村上春樹作品に共通することに関するあてどもない考察」。過去の作品との類似点についてご紹介する第3部では〈遷ろう謎の場所と通路編〉と題し、形を変えて幾度も出現する、この世ならざる場所や通路についてあれこれ考察してみたい。

■穴、部屋、フロア、地底、非常階段、井戸……形を変えて現れる、謎の場所と通路

〈第1部 顕れる女子学生編〉で『騎士団長殺し』のあらすじをご紹介した際、「誰かがいなくなって、少々変わった登場人物が出てきて、否応なしに巻き込まれ、妙な場所へ行ったり、不思議体験をしたり、何かと戦ったりして、最後は日常へ戻る」という村上作品のある種のパターンが今回も繰り返されていると書いた。この要素の中で、村上が他の作家と大きく違っているのが「妙な場所へ行ったり、不思議体験をしたり、何かと戦ったり」することだろう。そこで大きな役割を果たすのが、謎の場所や通路だ。

『騎士団長殺し』に登場するのは「謎の穴」だ。主人公の「私」はある日の深夜、山の上のアトリエでちりんちりんという鈴の音を耳にする。それは雑木林を抜けた先にある古びた祠の裏側にある石の塚の下から聞こえてきていた。それを肖像画を描くよう依頼されている免色に相談すると、免色は「私」と一緒にその音を確認、数日後には業者を呼んでその場所を掘り返した。そこに出現したのが直径1.8メートル、深さ2.8メートル、まわりは石壁で囲まれ下は土が露出している空っぽの石室で、その底に小さなシンバルをいくつか重ねた、長さ15センチほどの木製の柄がついたものがぽつんと置かれていた。どうやらこの「古代の楽器」のようなものが鳴っていたらしいが、これほど厳重に蓋をされていた穴を開けてしまったことで様々な不可解なことが起こり始める、というのが本作のストーリーが動き出すきっかけとなる。

そしてもうひとつの謎の通路には、〈第2部 奇妙に符合する妙なキャラ編〉に出てきた、日本画家の雨田具彦が描いた“騎士団長殺し”で、絵の左下からひょいと顔を出している「顔なが」が関係している。とある場所からヌッと顔を出した顔ながを捕まえた「私」は、やって来たところまで案内をしろと厳命。しかし顔ながは自分が通ってきたのは「メタファー通路」であり、それは個々人によって道筋が異なっていて、ひとつとして同じ通路はないから案内できないと言う。しかもそこには危険な「二重メタファー」が潜んでいるというのだ。しかし「私」は顔ながを脅し、中へ入っていく。懐中電灯を片手にしばらく真っ暗で狭い通路を行くと、淡い光で照らされた、足元が岩盤の場所へ出る。「私」はその空間を通り抜けていくのだが、その先がどうなっているのかは『騎士団長殺し』を読んで楽しんでもらいたい。

主人公が謎の通路を通り抜ける、というエピソードが初めて出てきた長編は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だ。それは恐ろしい地下世界として「ハードボイルド・ワンダーランド」のパートに出てくる。そこはやみくろや大量のヒルなどが棲み、山や穴ぼこの空いた道があって、急に水が出たりする危険な場所だ。主人公の「私」と太った娘はあるビルから地下へ降り、やみくろたちの聖域を抜け、泳ぎ、這うくらいに身をかがめないと前に進めない穴を通る。そこは東京の千駄ヶ谷の下あたりで、さらに進むと下水につながり、そこからパイプを通って地下鉄銀座線の線路に出て、青山一丁目駅から地上へと出ていくのだ。

一方「世界の終り」のパートに出てくるのは、一角獣という大きな一本の角を持った、秋になると金色の体毛に覆われた獣が現れて、周りをぐるりと壁に囲まれていて外へ出ることができない街だ。そこに住む人たちは「影」を失っていて、名前を呼び合う場面もなく、門番や大佐、老人、男などと呼ばれている。そして東へ行った森の奥には発電所があり、一角獣の頭骨に古い夢を保存している図書館がある(その詳細な地図は文庫本の冒頭に載っている)。

この「街」にそっくりなのが、『海辺のカフカ』の主人公である中学生・田村カフカの見る夢に出てきた「町」だ。山のキャビンに泊まっていたカフカは、ある日どのくらい森の奥まで入り込めるか試したところ旧帝国陸軍の野戦用軍服を着ている2人と遭遇、「待っていた」と言われ、さらに森の奥深くへと連れられていく。道としてわかりづらい場所を抜け、坂を下ったところに急に盆地が現れるのだが、そこに「町」がある(そんなに多くない人たちが暮らしている)。肉も魚もコーヒーもないが、卵とチーズと牛乳はあり、人々の記憶を扱う図書館や、森の奥には風力発電所がある。カフカは入り口がたまたま開いている(軍人はその門番をしている)ときに中へ入り、閉じてしまう前にこの町を後にしている。

村上は『海辺のカフカ』について質問された際、「そもそもの最初には、僕は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の続編を書こうとしていたんです。でもいろいろと考えた末に、結局まったく違うものを書くことに決めました。でもスタイルそのものは似ています。そこにある精神も共通しているかもしれない。そのテーマはこちら側の世界と、あちら側の世界です。その二つの世界を、あなたは行ったり来たりすることができる」と『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集 1997-2009』で答えているので、似ているのは当然かもしれない。

『ダンス・ダンス・ダンス』には〈第2部 奇妙に符合する妙なキャラ編〉でも言及した、羊男のいた「いるかホテル」の謎のフロアがどこかにつながるきっかけの「通路」がある。そして主人公の「僕」が探していた女性“キキ”を見つけたハワイでは、彼女を追って行った先のオフィスビルの8階の部屋に6体の人骨があり、7つの数字を書いた紙が残されていた「謎の部屋」もあった。

『1Q84』では謎の場所や通路が物語の冒頭で出現している。仕事で先を急ぐため、青豆は渋滞する三軒茶屋付近の首都高速道路3号線上のタクシーから降車し、緊急避難用の階段を降りて国道246号線から電車に乗り換えようとする。すると階段が「通路」の役目を果たし、1984年の世界から、月が2つある“1Q84年”の世界へと入り込んでしまうきっかけとなった。タクシーの運転手は言う。「ものごとは見かけと違います」「でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです」と。

そして村上作品で象徴的なのが『ねじまき鳥クロニクル』で描かれた「井戸」だ。主人公の岡田亨が妻クミコと住む借家のブロック塀を乗り越えたところにある、近所の人たちが便宜的に「路地」と呼ぶ、もともとは通路であったが塞がれて入り口も出口もなくなって、今は「家と家を隔てる緩衝地帯のような役割」を果たしているだけの通路の先にある大きな空き家の空井戸がこの作品の重要なキーとなる。

その井戸は直径およそ1メートル半、井戸の縁は地面から1メートルほどで、上には分厚い丸い板の蓋(2つの半円形になっている)がしてあって、その上に2つのコンクリートブロックが重しとして置かれている。様々な異変が起こった後、岡田はその蓋を開けて縄梯子を伝って中へ降りた(23段目で底に到達した)。すると岡田は「壁抜け」をして、謎の建物にある208号室へと行き、また井戸に戻っていた。その間に近所に住む女子高生の笠原メイに縄梯子を片付けてられてしまって出られなくなり、数日間過ごす羽目になるが、不思議な力を持つ加納クレタによって縄梯子を下ろしてもらってようやく戻ることができた。そこからさらに妙な出来事が起こり、岡田は幾度も井戸の底へ行くことになるのだ。さらには岡田夫妻が懇意にしていた占い師の本田が亡くなったことを知らせに来た間宮という老人も、満州で井戸に落ちた話をしている。

村上は雑誌『考える人』2010年夏号の特集「村上春樹ロングインタビュー」で『ねじまき鳥クロニクル』について「隔てられているように見える世界も、実は隔てられてないんだということ、それが一番書きたかったことです」と答えている。

こうした謎の場所や通路の萌芽は、デビュー2作目の『1973年のピンボール』にあるのではないかと考えられる。

『1973年のピンボール』の冒頭には「入口があって出口がある。大抵のものはそんな風にできている」「物事には必ず入口と出口がなくてはならない。そういうことだ」「一九七三年九月、この小説はそこから始まる。それが入口だ。出口があればいいと思う。もしなければ、文章を書く意味なんて何もない」とあり、井戸に関する話も出てくる。

そして物語の終盤には、主人公の「僕」が人を通じて探していたピンボール・マシーンがある場所までタクシーで出かけていく場面がある。かなりの距離を移動した先にあった倉庫へ入ると、中には78台のピンボール・マシーンがずらりと並んでいて、スイッチを入れると一斉に動き始めるシーンはとても幻想的だ。これこそ村上作品における「謎の場所」の初出と言ってもいいのではないかと思う。ちなみにこれは余談だが、「僕」と一緒に住む双子の女の子が、ザ・ビートルズの『ラバー・ソウル』のレコードを買ってきて聴く場面がある。このアルバムには「ノルウェイの森」が収録されているのだが……そこまでいくと深読みのしすぎだろうか?

ということで、次回は〈第4部 地震と子ども編〉と題して、あてどもなく考察してみたい。

文=成田全(ナリタタモツ)