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笑顔を貫いた小林麻耶の思いとは?

『まや道 向かい風でも笑顔の理由』(小林麻耶/小学館)

 小林麻耶と聞いて、読者はどんなイメージを抱くだろうか。私も個人的に色々な印象を持ち合わせていたが、『まや道 向かい風でも笑顔の理由』(小林麻耶/小学館)を読んで、なんだか彼女を応援したくなった。世間にあまり知られていない彼女の過去、そして彼女の思いが本書に書かれていたのだ。その内容をほんの少しだけご紹介したい。

 小林麻耶さんが初めてテレビに出たのが21歳の頃。『恋のから騒ぎ』という番組に1年間出演し、彼女はテレビの世界に魅了される。それからアナウンサーを志望し、2003年にTBSのアナウンサーになった。入社してからは『日立 世界ふしぎ発見!』『王様のブランチ』『輝く!日本レコード大賞』などの番組を担当し、華々しいアナウンサー生活を送る。これが我々視聴者からの視点だ。これだけ華やかだと、妬みを持つ者は当然いるし、悪意のあるウワサが流れても、そのまま信じてしまうだろう。

 しかし「女子アナ」という職業は過酷でもある。彼女たちはたまたまテレビに映る仕事をしているだけで、実際は会社員と変わらない。電車に乗って通勤するし、事務仕事もこなす。担当番組が増えてくると、月の休みが3日間だけのときもあったそうだ。立ち仕事が多いので体の負担も大きく、ふくらはぎの激痛に耐えながら収録に臨んだときもあれば、目の下のクマが消えずにコンシーラーを爆買いした時期もあった。

 それでも番組の役に立つため、みんなから認めてもらうため仕事に励み、本来の自分を押し殺して担当番組に合わせたキャラクターを演じたという。彼女はこれを「勘違いの努力」と本書で記している。そのせいで自分を見失ってしまった時期もあったそうだ。

 挙句の果てに、週刊誌では「5股をしている」と報道され、女性として一番大切な20代を、彼女は恋愛を封印して過ごした。本書に書かれていることが事実ならば、彼女は周りや視聴者から認めてもらうため必死に努力をした結果、ぶりっ子という烙印を押され、いわれもないウワサを流され続けた。それでも必死でアナウンサーという仕事をやり続けているということだ。とんでもない精神力と努力家の印象を受ける。

 そもそも小林麻耶さんは「ぶりっ子」なのだろうか。本書によると、その原因は中学校までさかのぼる。もともと父親の都合で、小学校の頃から転校を繰り返していた彼女。そして中学三年生のとき、東京のある学校へ転校する。ところが転校初日から隣のクラスの女子に呼び出され、「女子は全員、あんたのこと嫌いだから」と告げられたそうだ。この日から彼女はとにかく目立たないよう嫌われないよう振る舞うようになったそうだ。

 ここから始まった「嫌われたくない」という思いはどんどんエスカレートし、自分を殺して人を立てる「いい子」になってしまった。その作り上げられたキャラと彼女の容姿が重なり、いい子のぶりっ子、つまり「いい子ぶりっ子」が出来上がってしまった。

 どうすれば嫌われないですむのだろうか。どうすれば認めてもらえるだろうか。そんなことばかり気にしていた小林麻耶さんだったが、あるとき彼女のことを好きでいてくれている人に目を向けていなかったことに気がつく。それは仕事を通して出会った、温かく優しい人たちだった。周りをよく見ると、応援してくれている人がたくさんいたのだ。

 どんな人と出会い、どんな言葉をかけてもらったのか、そして、彼女の本当の人柄をぜひ本書を読むことで知ってほしいと願う。人は生きていると嫌いな人に出会うし、嫌われてしまうこともある。腹立たしいし、とても辛いことだが、もはやどうしようもないことでもある。ならばいっそのこと、そんな人など関係なく、ひたすらに我が道を生き続けるだけの度胸を持ち合わせたいところだ。いつも笑顔で、周りを気遣い、気丈に振る舞う彼女の強さを見習いたい。

文=いのうえゆきひろ

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