吉川英治文学新人賞受賞の「江戸和菓子小説」が文庫化! 西條奈加著『まるまるの毬』

文芸・カルチャー

2017/7/7

『まるまるの毬』(西條奈加/講談社)

「一気読み」は、面白い小説の代名詞みたいなもので、書店にはそれがうたい文句の物語が増えている。だが、「じっくり読みたい」と思わせてくれる本があってもいいと思う。
『まるまるの毬』(西條奈加/講談社)は、日々の忙しさや焦燥感から解き放してくれるような、不思議な味わいのある時代小説だった。

江戸時代後期、麹町にある「南星屋(なんぼしや)」は、店の老主人・治兵衛(じへえ)が営む庶民的な和菓子屋だ。治兵衛は若い頃、渡り職人として日本中を歩き回り、その土地ならではのお菓子を見覚えていた。そのため「南星屋」の品書きは毎日のように代わり、江戸ではめったに食べられないような珍しい菓子も並ぶ密かな人気店であった。

儲(もう)けよりも、お客の喜んでくれる顔が嬉しくて、様々な菓子を用意している「南星屋」は、気のいい主人・治兵衛と、その娘の寡黙で穏やかなお永、そして孫娘のお君(きみ)――表情豊かでちょっと気分屋の看板娘――で商われ、親子三代、仲良く暮らしていた。

だが、ある日突然、治兵衛が奉行所の役人に捕まってしまう。
それは、平戸藩松浦家に伝わる「門外不出の菓子・カスドース」を、南星屋が売ったという嫌疑をかけられたからだった。確かに治兵衛は、「印籠カステラ」という菓子を売り出したことはあったが、それはカスドースの製法を盗み聞き、まったく同じものを作ったわけではない。治兵衛は幼い頃カスドースを口にしており、その記憶をもとにアレンジしたものが「印籠カステラ」だったのだ。

門外不出の調理法を盗んだわけではないと、治兵衛は「印籠カステラ」を、「カスドース」とは違う方法で作ることで、身の潔白を証明しようとする。

……というのが第一話のあらすじである。
本作は一話完結の短編連作で、一話ごとに様々な菓子が登場する。お菓子作りの細かな描写は目に浮かぶようで、読むほどに和菓子が食べたくなるし、菓子を通して季節を感じられるのも、日々の喧騒を忘れられるような心地よさがあった。

だが、本作の大きなテーマは「家族の情」だと思う。実は治兵衛には、娘や孫にも明かしていない大きな秘密がある。また、お永にも家族には言えない隠し事があったり、直情的なお君も、家族を大切に想うがゆえに、治兵衛やお永とぶつかり合うこともある。本作に登場する菓子は、ただの食べ物ではなく、家族それぞれの「感情」を表したり、治兵衛が家族のために込めた「想い」の象徴でもあるのだ。

この物語を読んで、家族は結局、「個の集まり」だと感じた。それぞれ違う人間だからこそ、ぶつかりあったり、すれ違ったりする。けれど、同じ人間じゃないからこそ、支え合い、おぎない合える。家族へのわだかまりや負の感情を包み込んで「助け合い」や「思いやり」に変えてくれる。そんな心の変化を、この物語の人々が与えてくれたような気がした。

文=雨野裾