プロレスラー・飯伏幸太の肉体美の秘密。『イノサン』のマンガ家・坂本眞一も絶賛!【後編】

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公開日:2017/7/7

飯伏幸太 プロレスが作った美しい体

 かねてより飯伏幸太選手のファンだというマンガ家・坂本眞一氏(『イノサン』『イノサンRouge(ルージュ)』)による飯伏選手の“美”についての寄稿【前編に所収】と、飯伏選手本人へのインタビューでそのルーツに迫る本企画。

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【後編】は、2013年のベストバウトにも選ばれた中邑真輔選手との「あの試合」のあと飯伏選手に訪れた不思議な5時間についてメインに展開。本誌インタビューには納めきれなかったエピソードを加えた完全版。

インタビュー 飯伏幸太

お客さんが喜ぶから、自分も喜べるんです。

「一番大切なのはお客さんが喜んでいただくこと」。取材中、飯伏選手の口から何度もその言葉が出る。

 あの美しい技を繰り出す時、飯伏選手自身にも気持ちよさがあるように観えていたが、すべては観客のためだったのだ。

「自分が気持ちよくなろう、と思ってやったことはないです。お客さんが喜んでくれるから、自分も喜べるんです」

 坂本氏からの質問【プロレスをするうえで許せないことはありますか?】についても、観客第一の飯伏選手らしく「相手選手に対してだと……自分のやりたいことだけをやる選手は、論外ですね」と声に力がこもった。

「もし試合中に相手がそんなふうになったら、それには付き合わずに、自分のペースに持っていく。とりあえず僕が飛べば、絶対に盛り上がりますし、何とでもなります。一人でやっているような時もありますね。その究極形がヨシヒコ(※ダッチワイフとおぼしきDDT所属レスラー)との対戦だと思います」

 と、強い自信をにじませた。坂本氏の【闘いにおいて対人関係で大切にしていることは?】という質問とも、自然とつながる。

「リングの上では、お互いにベストのものを出すことが一番。あとは……僕は対戦相手によって、技の出し方を変えます。事前に相手のことを研究する時もありますが、研究せず、その場でいきなりやったほうが盛り上がるタイプの選手もいる。特に格闘技経験のある選手との試合はそうですね。プロレスラーは、お互い自分の中で組み立てて技を出していく感じがあるんですが、格闘技出身の選手は、捌き方が、感覚的なんですよね。格闘技のスパーリングのように動くと、一番噛み合います」

中邑選手と戦う時は、最初からキレています。

 どんな相手とでも観客を喜ばせることのできる飯伏選手だが、相性のいい、いわば“噛み合う”選手と戦った時の感覚は格別なのだという。中でも記憶に残る試合が、2013年8月の中邑真輔(元・新日本プロレス、現・アメリカWWE)戦だ。

「一番、やってよかったと思えた試合でしたね」

 お互いが相手の力を極限まで引き出し、そのことを心から喜び、楽しんでいることが伝わってくるその試合は、プロレス大賞ベストバウトにも選ばれた。
 この試合で、飯伏選手を「不思議な感覚」が襲う。

「熱くなって中邑さんを本気で殴ろうとしているんですけど、同時にすごく冷静だったのを覚えていて。ほかの試合でもある感覚なんですが、それがあの時はすごく強くかった。目の前の中邑さんの顔と、殴ろうとしている自分も含めた2人の動きが、頭の中で2画面で見えたんですよ。そこまでの状態になったことはなかった。新しい感覚でした」

 試合後、時間の関係でコスチュームのままホテルに戻った飯伏選手は、そこでまた、新しい体験をすることになる。

「着替えずに、ホテルのベッドに座ったんですが……そのまま、試合の最初から最後まで全部が頭の中で何度も何度もリピートされて。入場から相手が出てきて向き合って、次に何をやって次は何をやるという……試合中に見えた2画面のうち引いたほうのカメラの画面ですね。そんな状態が1時間くらいだと思ったんですが、実際は5時間くらい経っていた。ものすごく興奮していたんだと思います」

 後から実際の試合映像も観たが、それとはまた違う映像だったという。

「きれいに動画のようになっているのとは違って……場面場面がつながって出てくるようなものでしたね」

 中邑選手とそこまでの試合ができた理由は、「たぶん、プロレスを観る時の感覚が同じだったんだと思います」と語る。

「プロレスの観方ですよね。動きがすごいなあとか、そうやって単純にプロレスを観ている人もいると思うんですよ。でも自分は、中学生くらいから、単純にはプロレスを観られなくなっていて。この選手は何を考えて今これをやっているのかとか、そういうことを考えるようになっていた。グレート・サスケさん(※飯伏選手が憧れていた選手)が今あそこから飛ぶのは、飛びたいからじゃなくて捨て身の感情とか、どれだけ壊れても続けるぞという表現のためなんだな、とか。常にそういう感覚でプロレスを観てきた。たぶん、中邑さんも同じだと思う。その部分が一致して、ああいう表現になったのかなと思います」

 飯伏選手は、試合中にヒートアップし、我を忘れ始めるとニヤリと笑う。その瞬間を「飯伏が今キレた」と表現することが多いが、この試合でもまさに飯伏選手にはその瞬間があったように見える。だが飯伏選手いわく、どうやらそうではないらしい。

「途中でキレたわけじゃなくて……僕は中邑さんとやる時は、最初からキレてます」と笑った。

 中邑選手のほかに、手が合うと感じる選手もいるのだろか。

「中邑さんとは感覚が違いますが、いっぱいいます。大日本プロレスの関本(大介)さんも、ぶつかった時に自分と似たものを感じました。スタイルは全然違うんですが、プロレスを“最強”だと思ってきたところが同じなんじゃないかと思う。新日本の柴田(勝頼)さんにも、少しそれを感じます。ただ、どう最強だと思っているかは、それぞれに違うと思うんですけどね。僕の中では今、最強の種類が変わってきたので。昔は、プロレスラーは肉体的に最強だと思っていたんですよ。何をやっても、一番なんだと。でも今は、表現力として、プロレスが最強なんだと思っています」

年々、プロレスの好きなところが増えていく

 昨年1月、新日本プロレス、DDT、両団体を同時に退団。個人で「飯伏プロレス研究所を立ち上げ、大きく環境が変わった。

「国内だけでなく海外からのオファーも、全部自分で対応するんですよ。交渉事がこんなにキツイとは思わなかった(笑)。だから、なかなか試合が組めなくて。でも、今これをやっていることが、今後、何かにつながるんでしょうね。試合数が少ないという状況が“物足りない”とか“欲しがる”という、リングでの今までやったことのない感情表現につながるかもしれない。さっきも言いましたけど、無駄なことなんて、ないんですよね。今一人でやっていることが何に、いつ役立つのかはわからないけれど、絶対に役に立つということだけは、わかっています

 本特集のテーマ“ありがとう、プロレス”に関しては、どんな思いを抱くのだろう。

「僕も、ありがとうしかないです。プロレスラー以外の人生は考えられなかったし、今も考えられない。プロレスが嫌になったこともないです。むしろ年々好きなことが増えていく。今も試合をする度に、『プロレスってこんなこともできるんだ!』と発見があります」

 そして最も気になるのが、飯伏選手の今後の試合だ。新日本のリングに立たなくなって2年半。登場を待ち望んでいるファンは多い。

「そうですね……まだ今の段階ではお知らせできることはないんですが……今年中に1つは、ご期待に応えることができると思います」

 そう含みを持たせた。
 取材から1カ月後。7月22日から開幕する、新日本プロレスの最も過酷で最も熱いリーグ戦「G1クライマックス」に飯伏選手が出場することが発表された。
 誰と、どんな、美しく狂気に満ちた戦いを見せてくれるのか、そして一人になって初めて身に着けたと語った“欲しがる”という感情表現を見せてくれるのか――この夏は、飯伏幸太の一挙手一投足から目を離してはいけない。

いぶし・こうた●1982年鹿児島県生まれ。2004年DDT入門4カ月後にプロレスラーデビュー。13年からは新日本プロレスにも所属し、16年まで業界初の2団体所属選手として活躍。現在は「飯伏プロレス研究所」を立ち上げ、WWE NXTなど海外の試合にも参戦。今夏の『G1 CLIMAX 27』にも参戦が決定した。

<後編おわり>

取材・文=門倉紫麻 写真=干川 修

飯伏幸太の“狂気”があふれる自伝。気心の知れた聞き手(プロレス誌『KAMINOGE』編集長)を前に、学校生活のこと、過去の恋愛について、家族について、ファンについて……驚きの事実(と驚きの考え方)が赤裸々に(正直すぎる言葉で)語られていく。

“アスリート”としての歩みをまとめた自伝。プロレスに目覚めた少年時代から、プロレスラーのみを志すも、なぜかラグビー部入部、就職、キックボクシングジム入り……と迂回してしまう青春時代、デビュー後の活躍まで、たっぷりと語られる。