「カップ焼きそばの作り方」を題材にした文体パロディ本が話題!  神田桂一、菊池良著『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』

文芸・カルチャー

2017/7/8

『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一、菊池良/宝島社)

「完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」(村上春樹

などと村上春樹は書いたことがないはずだが、この本の中では書いたことになっている。『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一、菊池良/宝島社)はタイトル通り、カップ焼きそばの作り方を、様々な作家の文章風に模倣したパロディ本だ。

なお、冒頭に引用した文章は、村上春樹が実際に書いた「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」という文章が元ネタだ。下記は夏目漱石をパロったものだが、冒頭の有名な一文はもちろんのこと、「先祖代々の瓦落多」「田舎者」「蟄居」「おやじが小遣いをくれない」などは、実際に『坊っちゃん』に登場する単語や文章だったりする。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
腹の減った時はすぐ何か食べたくなる。だが、おやじが小遣いを呉れない時は部屋を荒らすしかない。先祖代々の瓦落多を売ってかねにするのもいいが、この町は田舎者が集まる野蛮な所で、どうせ碌な物はない。大人しく蟄居して、台所のカップ焼蕎麦を食べた方が宜い。

知らない人が読んでも「いかにもこんなこと書きそうwww」と思えて、知っている人が読むと「はいはいはい。あの小説のこの部分ね」と納得できるのが、この本の面白さと言えるだろう。

ちなみに本書の題材になっている書き手は、国語の教科書に載っているような文豪だけではない。「まだカップ焼きそばで消耗してるの?」とイケダハヤト師も登場するし、「良い質問ですね! こちらのソースの小袋、実はあとで使うんですね」と池上彰が解説してくれたりもする。

「でも、ちょっと味気ないのもたしかです。ほんらい、ごはんのじかんはいろんなことを考えたり、あじわったり、会話したり、きちょうなじかんです」という松浦弥太郎のパロディを読むと「やっぱ、ひらがな多いなー」と感じる。蓮實重彦風の「この不自由さを規定しているのは『作り方』というある種の『制度』であり、それは『装置』とも『物語』とも言いかえられ……」という文章は、何か凄く頭が良さそうだけど、何が書いてあるのか分からない。

また、自分が読み込んでいる作家のパロディを読むと、「いや、俺ならもっと上手く書ける!」と思えることもあるだろう。この本は、もともとツイッターで発信され、ネット上で大拡散されたネタから生まれたもの。そう感じた人は自分でも発信してみてほしい!

文=古澤誠一郎