人生どん底のアラサー女性を救ったのは、”古都”と”和菓子”と……神の遣いの「子狐」?  柏てん著『京都伏見のあやかし甘味帖  おねだり狐との町家暮らし』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『京都伏見のあやかし甘味帖  おねだり狐との町家暮らし』(柏てん:著、細居美恵子:イラスト/宝島社)

唐突だが、私は度々「京都に住みたい」欲求に苛まれる。仕事や家族のことを考えると実現は限りなく不可能なので、ただ妄想するだけだった……なのに、まるで「京都」(しかも私の狙っている伏見周辺!!)に住んでいる気分を味わわせてくれるキャラクター文芸が誕生するとは……!

『京都伏見のあやかし甘味帖  おねだり狐との町家暮らし』(柏てん:著、細居美恵子:イラスト/宝島社)は、京都の地元情報満載。かつ「マスコット的神様」や「和菓子」といった、女性読者の好きそうなネタがたっぷり詰まったハートフル小説である。

東京でバリバリ働いていたアラサーの小薄(おすすき)れんげは、努力家だが他人にも自分にも厳しい勝気な女性。仕事では着実にキャリアを積み、親に紹介済みの同棲している彼氏もいた。将来は順風満帆……のはずだったが、不条理な理由で左遷になり、やけになって仕事を辞めてしまう。追い打ちをかけるように、恋人の浮気が発覚。「俺がいなくても、れんげは生きていけるだろう?」という一言が決定打となり、破局となってしまった。

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仕事も、恋愛も……東京で積み上げてきたものが全てダメになってしまい傷心したれんげは、旅に出ることに。その行き先を京都に決めて、彼女は逃げるように東京を去る。

今流行りの「民泊」を利用し費用を安く抑えて、1ヵ月ほど京都で暮らすことにしたれんげ。だが、その「民泊先」の家主は穂積虎太郎(ほづみ・こたろう)という大学生! そして、その家は、昔ながらの京都の町家だった。和菓子大好き草食男子な彼と、同じ屋根の下、れんげは暮らすことになる。

しかし、それは「二人暮らし」にはならなかった。

観光地として名高い「伏見稲荷神社」の近くの「産場稲荷神社」なるところで、れんげは「黒い子狐」にとりつかれてしまう。とは言え、子狐は妖怪ではなく、「神使(しんし)」。悪さをするわけではなく、「徳を積むため」れんげの願いを叶えたいというのが、子狐(後に、れんげによってクロと名付けられる)の願いらしい。

かくして、素直になれない傷心アラサー女性が、年下草食男子(メガネを取るとイケメン……! 素晴らしい……)と、れんげ大好きの愛らしい子狐との「三人暮らし」が始まる。上司や恋人に裏切られ、人間不信になっていたれんげが、京都での生活と、虎太郎の優しさやクロの純真さで、「素直な自分」を取り戻していく。
本作は、ガイドブックのようでもある。クロとの出会いを初めとして、れんげに巻き起こる不思議な出来事の数々は、京都の名所に伝わる伝承に由来している。
京都(主に伏見区)で作られている和菓子などの情報が満載なので、小説として楽しめながらも、「情報性」も抜群だった。

れんげたちの住む場所の近くに「ゲベッケン」というパン屋があり、度々作中に出てくるのだが、なんと、こちらも実在するパン屋のようだ。ネットで検索してみると、かなりオシャレなHPが出てくる。「ここで虎太郎がパンを買ってるのか~……」と思うと、より一層物語が面白くなった。現実とリンクしているところが、本作の読みどころの一つだろう。読めばきっと京都に行きたくなるはず!

文=雨野裾