女の幸せに、結婚も夫婦関係もいらないレバ? ”タラレバ3人娘”のような女同士の関係こそ不可欠!?【後編】

マンガ

更新日:2017/7/28

結婚を選ぶか、独身の自分を徹底的に肯定するか

『東京タラレバ娘(9)』の最後のおまけページでは、東村アキコさんが、このシリーズを読んで焦って婚活して結婚した女性たちのことを喜んでいます。このような“駆け込み婚”について水無田さんはどう思われますか。

水無田気流さん(以下、水無田) それって、この作品のひとつの側面に過ぎないんじゃないのかなと思います。もちろん東村さんも、結婚したいならしてほしいという気持ちはあるでしょう。けれどもこの作品を読んで思うのは、タラレバ言ってるぐらいなら駆け込みでも結婚を選ぶか、あるいは独身の自分を徹底的に肯定するか、どちらかに軸足を定めないと自分に評価を与えてあげることはできないということだと思うんですね。そうはいっても出産にはタイムリミットがありますので、結婚に踏み切るのは決意として重要だと思いますけれども。いずれにしても、日本の女性はなかなか自己肯定感を持ちにくいのが現状だと思います。

“私の幸せ”と“女の幸せ”は大きく違う

――自己肯定感を持ちにくい理由とは?

advertisement

水無田 結婚相手はできるだけ理想のタイプでなければいけない。夫婦は仲良くなければいけない。仕事もやりがいがあって楽しくなければいけない。子どもを産んだらちゃんと子育てできるママにならなければいけない。そういう風に仕事もプライベートも完璧な女性というのは、ブルゾンちえみさんもネタにしていますが(笑)、実際にはなかなかいません。ところがみんなそこを追い求めているから、理想と現実の間の葛藤が大きくなり、自己肯定感も持ちにくくなるわけです。もっと言うと、“私の幸せ”は私ひとりで追求可能なのですが、“女の幸せ”となった瞬間、パートナーがいないと成立できなくなってしまう問題もすごく大きいですね。

――確かに。女の幸せイコール結婚、結婚イコール出産という考え方も根強くあるように感じます。

水無田 それはありますね。そういう意味で日本は非常に遅れています。先進諸国で出生率が回復している国の多くは、スウェーデンやフランスもそうですが、産まれてくる子どもの過半数が婚外子なんですね。たとえばスウェーデンの場合、女性の平均初婚年齢は31歳ですが、第一子出生平均年齢は28歳。つまり、結婚という法的手続きをとらないカップルが増えていて、結婚と出産のタイミングもバラバラなんです。そのように「結婚の柔軟化」が進んだ結果、少子化も解消してきているんですね。

 一方、日本は、“結婚イコール出産、出産イコール結婚”なので、女性は出産タイムリミットを考えて焦るわけです。日本のように、「法律婚と同居婚開始が同時」というのは、他の先進諸国からすると驚愕の目で見られることで、日本の結婚は「ガラパゴス」なんですね。しかも出産するカップルは法律婚後1~2年できれいに子どもを産んでいきます。まるで工業製品のようですね。そういう「結婚=同居=出産」という定型のあり方の結婚や出産から解放されれば、女性の悩みはかなり軽減すると思います。

“私の幸せ”の限界とは?

――私の友人にも、結婚はしなくてもいいけど子どもは欲しいという女性がいます。

水無田 他の先進諸国のように、結婚するしないにかかわらず子どもを持つことが女の幸せというのも、選択肢のひとつとしてありなのですが、『東京タラレバ娘』には出てきません。東村さん自身もシングルマザーですけれども、その選択肢を描くのは難しいのだと思います。日本の場合、各種控除の点からみても選択的未婚の母は収入にもよりますが、年間12万円ぐらい損するようにできています。ただ婚姻を経ていないというだけで実質的には差別されてしまう。一番手厚く支援されるのは夫と死別したシングルマザーで、次は離婚したシングルマザー、次が選択的未婚のシングルマザーですから。この物語のアウトラインにある社会的構造が、“結婚イコール出産、出産イコール結婚”を前提に成り立っている以上、“女の幸せ”よりも“私の幸せ”を追求した人には限界があるのです。


恋愛しないと結婚できないし、好きな相手じゃないと嫌

――クロワッサン症候群から酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』『少子』、そして『東京タラレバ娘』まで、女性の結婚、出産問題はいつの時代も議論を巻き起こしてきました。時代が変わっても社会的構造が変わらないから、同じような問題が繰り返し顕在化するんですね。

水無田 それはありますね。ひとつ言えるのは、恋愛を経ないと結婚ができないという考え方が主流になって、結婚が自由市場化したのは80年代頃からなんですね。70年代ぐらいまでは、最も多いときで男性の98%、女性の97%が結婚していたような時代で、お見合いも含めて周りが一大婚活市場だったわけです。恋愛スキルがなくても多くの人は結婚できていた。それが、恋愛スキルがないと結婚できないという時代に変わってから、まだそれほど長くないんですよ。けれどもタラレバ3人娘は恋愛しないと結婚できないし、好きな相手じゃないと嫌なんです。

 実はそこに大きなジレンマがあるんです。なぜなら、近代社会はあらゆる物事を合理化してきました。ところが近代社会における家族というのは、合理的ではない夫婦の情愛を前提にしていますよね。たとえ恋愛結婚で結ばれた夫婦でも、子どもが生まれたらライフステージに応じて愛情関係が変化していくのは当たり前です。子どもが生まれる前、子どもが生まれて間もない頃、学童期、子どもが巣立った後、とライフステージやタイミングによって愛情関係は異なります。

 ところが近代家族は、まるで愛情関係が不変であるかのようなロマンチック・ラブイデオロギーに縛られてきたわけです。社会のあらゆる側面が合理化されているのに、家族だけは非合理的な感情を重視すべしというのが、そもそもおかしい。この合理的な社会と非合理的な恋愛が、制度のなかで結びつくほうが奇跡です。それなのに女性たちは愛情を持っていて然るべきと思われているため、死ぬまで愛情を司る女神になって奇跡を起こさなければならないというプレッシャーがある。日本はとくに、女性は「癒やしの女神」たるべしとの母性神話が強く、「母親なら何でもできて当たり前」という無茶な言説も多い。でもモーゼじゃないんですから、そんな奇跡は起こせませんよね。

――はい(笑)。

もし日本でも結婚が自由化されたら?

水無田 私の著書『「居場所」のない男と「時間」がない女』にも書きましたが、完璧な女性のライフコースを描くと、22歳でファミリーフレンドリーな企業に内定をもらい、25歳までに配偶者候補を探して、28歳までにプロポーズさせて、29歳に結婚して31歳までに出産すると同時に保育園に預けて、再度キャリアアップしていくという流れになります。それを先進国でもっとも家事育児に非協力的な夫と、先進国で一番女性の評価が不得手な上司のおじさん相手にやっていかなきゃいけないわけです。

――……(絶句)。

水無田 もし日本でも結婚が自由化されたら、経済的に問題がない女性は男性と恋愛関係を継続しつつ子どもを産む、という選択肢もありだと思います。北欧の事例をみていても、婚外子とその母親に対する社会的支援があれば、自由に安心して出産できますし、周りに支えてくれる友だちがいて、やりがいのある仕事があったら、意外にパートナーはいらないのかもしれません。

――タラレバ3人娘も、仮に誰かがシングルマザーになったとしたら、みんなで協力しあって子育てするでしょうし、それはそれで楽しそうです。

男女関係ではなく”シスターフッド”を描く作品がトレンド?

水無田 タラレバ娘本編では、香が妊娠したかもしれないと悩むエピソードがありましたよね。私は読んでいて、「あ、これはもしかしたシングルマザーになった香を倫子と小雪が支えてあげて、もう結婚制度に依らなくても、女子会仲間が助け合いながら楽しく子育てしてもいい」というような流れになるのかな、と思ったんですが、結局妊娠はしていませんでしたね。でもそうして考えると、『東京タラレバ娘』は、駄目男よりも女子同士のほうが頼りになるという現状を示しているのではないでしょうか。旧来の役割規範に縛られた夫婦関係って、実質的にはいらないものなのかもしれません。

 最近の本や映画の傾向のひとつとして、強力な情愛関係がテーマの作品は、男女関係ではなくシスターフッド(母娘、女友達など女性同士の連携)を描いているんですね。なにしろディズニーが『アナと雪の女王』で王子様を捨ててしまいましたし。日本の小説でも、川上未映子さんの『乳と卵』藤野可織さんの『爪と目』湊かなえさんや角田光代さんといった作家もそういうものを多く描いています。アメリカだと、さしずめ『セックス・アンド・ザ・シティ』みたいな感じでしょうか。

 女性って、もともと同性同士でつるんでるほうが楽しいですからね。結婚していても普段つるむのはママ友さんです。欧米の先進諸国のように、対等で成熟したカップル文化が成立していないのが日本社会ですので、仕方ないと思います。良くも悪くも、型としてのカップル文化が成立していないので、カップルを形成しなくてはならないというプレッシャーも希薄です。

 タラレバ3人娘が女子会をやめないのも、当然といえば当然なのかもしれません。日本の男性に求められるのは、女子会やママ友との集まりを楽しむパートナーにめくじらを立てないこと。日本の女性は、精神的サポートはパートナー以外からも受け取ってストレスを解消している部分が大きいので、せめてそのくらいは自由にさせてあげましょう。

『東京タラレバ娘』最終巻で倫子が見つけた「答え」は?―― “タラレバ現象”とは何だったのか、社会学者に聞いてみた【前編】

取材・文=樺山美夏