「自分なんかに、無理です」――なぜトップレスラー・関本大介は自伝出版を拒んだのか?【担当編集者の証言】

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公開日:2017/7/26

『劣等感』(関本大介/ワニブックス)

『ダ・ヴィンチ』8月号「ありがとう、プロレス」特集で、新日本プロレスのオカダ・カズチカにインタビューを行った。プロレスラーに向いているのはどんな人かと尋ねると、オカダはこう答えた。「性格が悪い人。いい人は向いていないと思います。闘いの中で優しさが出ちゃいますから。みんな『俺が一番だ』っていう世界ですからね。じゃないと上にあがれないですよ」。

 筆者がこれまでインタビューをしてきたレスラーのほとんどが、いい意味で「俺が一番」というタイプだった。上にいけばいくほど、その傾向が強い。そうでなければのし上がれないシビアな世界なのだろう。しかし、この人だけは違う、というレスラーがいる。大日本プロレスの関本大介だ。

「自伝を出しませんか?」――編集者としてそう話を持ちかけると、関本は「自分なんかには無理です」と言って断った。謙遜しているのだなと思った。レスラーはみんな「俺が一番」なのだから、よほど条件が悪くない限り、自伝出版を断るはずがない。「関本さん以外に誰が出すんですか」と畳み掛けると、正式に断りの連絡が届いた。本当に出版したくないらしかった。それでも、「関本さんが自伝を出すことが、大日本プロレスの発展に繋がる」と説得し、どうにか承諾してもらえた。そんな紆余曲折あって、7月24日、関本大介の自伝は発売された。タイトルは『劣等感』。まったくもって、レスラーの自伝らしからぬタイトルである。

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 1981年、大阪府生まれ。“絶対君主”の父親に野球の道に進むことを強いられ、中学から名門・明徳義塾に進学する。「監獄」と呼ばれる寮生活。明徳ジャージを着用し、学校の敷地外に出ることは原則禁止。女子生徒もいたが、万が一、女子寮に侵入でもしたら即退学。脱走騒動は度々あったというから、中学生にとっていかに過酷な生活だったか、想像に難くない。

 高校も明徳義塾に進学した。野球部は、AからDまでの4チームに分かれている。Aチームは、プロで言えば1軍。大会でベンチ入りする選手たち。Bチームも、県によっては甲子園出場を狙えるほどの実力がある。Cチームも、レギュラーは無理でもベンチ入りは狙えそうな選手たちがしのぎ を削る。しかし最後のDチームは、「怪我に気をつけて楽しく野球をやっていろ」と半ば見放されたメンバーが残った。関本は、1年から3年まで、不動のDチームだった。

 野球部の仲間には、プロ野球選手になった寺本四郎と高橋一正がいた。相撲部には、横綱になった朝青龍がいた。ほかにも全国レベルで活躍し、のちに輝かしい成績を残した人たちがたくさんいた。当時のことを、関本はこう振り返る。

「そんなスーパーマンたちを間近に見ながら思春期を過ごし、しかも野球では3年間4軍のDチームだった自分は、自分のことを人並み以下の人間と、強く思うようになってしまったような気がするのです」

 時には強気のハッタリも必要とされる、プロレスラー向きの性格ではない。「その一方でこうも思う」と続ける。

「『もしも自分が自信満々の性格だったら、どれだけ頑張ることができただろう?』と。自分のことを練習熱心だと言ってくれる方がいます。だけど本人にしてみれば、『せめて練習くらいは人並み以上にやらないと、人並みにさえなれない』という、追われるような思いがあってのことです」

 レスラーとしての関本大介は、とかく「ストイック」だと言われる。あの鋼のような肉体を見れば、どれほど厳しいトレーニングを自らに課しているかは一目瞭然だ。そんな関本を突き動かしているのは、ほかでもない、自分は人よりも劣っているという“劣等感”だった。

 自伝出版にあたり、関本が何度も口にした言葉がある。「自分なんかよりも、自伝を出すべき選手がたくさんいる」。その一人が、第三章「救世主」の主人公である伊東竜二。関本より4ヶ月早く大日本プロレスに入門し、関本に、包丁の握り方から会場でのセコンド業務まで、なにからなにまで教えてくれた人だ。2003年、相次ぐ選手の退団、観客動員の激減、団体の経営難……危機的状況にあった大日本プロレスを救ったのは、伊東のこのひと言だった。

「オレ、デスマッチやるわ」

 今でこそ、ストロングBJ(通常ルール)の活躍目覚ましい大日本プロレスだが、当時の大日本と言えば、とにもかくにもデスマッチ。デスマッチのスター選手が不在となった大日本において、“デスマッチファイター”伊東竜二の誕生は、まさに奇跡としか思えない出来事だったという。そんな伊東をはじめとする偉大な先輩レスラーたちを差し置いて、自分が自伝を出版していいのだろうかという迷いが、執筆途中にもあったのだろう。出来上がった原稿を読んだら、ほかのレスラーのことばかりがこれでもかと詳細に書かれていた。これでは一体、誰の自伝なのか分からない。しかしそれも関本大介らしいなと、そのまま出版することになった。

 7月17日、大日本プロレス両国国技館大会で、先行発売を行った。タイトルマッチを控えながらも、物販会場でにこやかにサインを入れる関本の姿を見て、ただただ心優しく、人の痛みの分かる人間がトップレスラーであってもいいような気がした。出来上がった自伝を手にし、「僕がもらってもいいんですか?」と本気で驚くような人が、トップレスラーであっても、きっといいはずなのだ。

文=尾崎ムギ子

【出版記念イベント】
開催日:7月28日(金)
場所:新宿サブナード 福家書店
時間:19:30~21:30(予定)
イベント内容:握手&2ショット撮影会
詳細:URL