漢方薬にも、抗がん剤にも…薬用成分は植物の「生存戦略」だった!

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公開日:2017/8/4

『植物はなぜ薬を作るのか (文春新書) 』(斉藤和季/文藝春秋)

 持病の都合で、医者から漢方薬を処方されています。セリやアカネの仲間なんかを煎じた粉薬なんですが…これがもう、マズいのなんの。罰ゲームかと思うような匂いと味に、日々苦戦しています。でもこの薬、私にはそれなりに合うらしく、つらい症状が嘘のように収まってくれるんですよ。感謝の念を抱きながらも、最近は、「生の姿を見たこともない植物が、自分にとってどうしてこんなに有益なのか」という疑問も持つようにもなりました。皆さんも、そんなことを考えた経験はありませんか?

 『植物はなぜ薬を作るのか (文春新書) 』(斉藤和季/文藝春秋)は、その名の通り、植物はなぜ、そしてどのようにして、人間にとって有用な成分を作り出すようになったのかという疑問を、深く掘り下げた書籍です。著者である斉藤和季氏は、薬学のなかでも、生薬や植物から得られる薬の成分について、長年研究を重ねてきた専門科。学生時代、植物などが酵素を使っておこなっている反応をフラスコの中で人工的に再現しようとしても、なかなかうまくいかなかったという経験から、「生物はいかに上手に複雑な化合物を作るのか? なぜ、生物はこのように多様な構造の化合物を作るのか?」という、根源的な問題に取り憑かれてしまったのだそうです。

 私たちの生活を支える医薬品や日用品には、植物由来の成分が数多く含まれています。例えば、紫外線や乾燥を防ぐ力があるとして化粧品に含まれているのは、植物色素のフラボノイド。抗がん剤のビンカアルカロイドは、色鮮やかな花を咲かせるニチニチソウから。解熱鎮痛薬として有名なアスピリンも、その元となったのはヤナギの木の皮に含まれる成分だといわれています。ヤナギの木が鎮痛成分を含んでいることは日本でも古くから知られていたようで、「頭痛封じの寺」とされる京都の三十三間堂は、頭痛に悩まされた後白河法皇が、棟木にヤナギを用いて建てさせたそうですよ。

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 植物成分には、すべての植物に(あるいは動物にも)共通して存在する「一次代謝産物」と、特定の植物種にしか存在しない「二次(特異的)代謝産物」があるそうですが、薬などに用いられている植物成分の多くは、後者にあたります。こうした物質は、生存戦略として「動かない」ことを選択した植物が、自らを襲うストレスから身を守るために発達させてきた独自の防御策でした。病原となる生物を遠ざけるため。自らの成長を阻害する、他の植物を弱らせるため。そして、捕食者に襲われないため。自分の体の一部をかじられた時、捕食動物に苦みや辛みといった刺激を与えることで、それ以上の食害を被らないようにしながら生き残ってきた植物は少なくありません。

 トウガラシの果実や種子に含まれる辛み成分・カプサイシンも、その防御策として生まれた物質のひとつです。実はこの辛みは捕食者のなかでも、哺乳動物の味覚を強く刺激するよう設計されているとのこと。確かに私たちも、「辛いもの大好き!」という人でない限り、積極的には口にしませんよね。

 しかし同時に、カプサイシンの受容体を持たないとされている鳥類は、トウガラシの実をよく食べる、という事実もあります。それでは防御策にならないじゃないか!と思われるかもしれませんが、これもトウガラシの作戦のうち。鳥類は口にした種子をほとんど未消化のまま排泄し、しかも行動範囲が広いので、結果として哺乳動物に食べられてしまうよりも効率的に、自分の種子を遠くへ届けることができるのです。

 捕食者を限定し、食われる時はよりたくさんの子孫を残せる可能性に賭ける――あの刺激的な風味には、そんな戦略が隠されていたのです。

 同書ではこうした知識のほか、突然変異や進化のしくみ、そして最先端のバイオテクノロジーによる、植物成分の生合成の制御などについても解説されています。書かれていることすべてを理解しようと思うと少々難しいかもしれませんが、読み物として飲み込める部分だけでも、十分に知的好奇心を満たしてくれるはずですよ。

 それにしても、新薬の6割は天然物にヒントを得て開発されているという調査結果がある一方で、環境破壊により多くの植物種が絶滅の危機にひんしているという事実には、空恐ろしさを感じます。人間が自分で自分の首を絞めていることにほかならない、この現状…。生物多様性の保全がいかに重要か、あらためて考えさせられる1冊ともなるでしょう。

文=神田はるよ