これこそプロの底力。世界的デザイナー・佐藤オオキが明かす「ボツ案」の活かし方

ビジネス

2017/8/21

『佐藤オオキのボツ本』(佐藤オオキ/日経BP社)

「ボツ案」という言葉を聞いて、どんなイメージを浮かべるでしょうか。漢字で書けば「没案」、言い換えるとすれば「不採用案」…いずれにせよ、あまりポジティブな単語ではありませんよね。できることなら隠したい、闇に葬り去りたい。そんな“ボツ経験”をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、自らの「ボツ案」と改めて向き合うことは、時に成功への近道となり得るのです。

『佐藤オオキのボツ本』(佐藤オオキ/日経BP社)は、デザインオフィス「nendo」の代表であり、現役のデザイナーでもある佐藤オオキ氏が、自身の仕事の中で生まれた「ボツ案」と、「ボツ案」との付き合い方のノウハウを紹介した書籍です。グラフィックにプロダクト、果ては建築まで多岐にわたり活躍し、国際的なデザイン賞も多数獲得している佐藤氏。私たち一般消費者にとって身近なプロジェクトとしては、例えば、スーツケース「プロテカ」シリーズが挙げられます。印象的なTVCMをご記憶の方も多いかと思いますが、こちらを製造する旅行鞄メーカー「エース」でクリエイティブディレクターを務めているのも、佐藤氏なのです。

 ボツ案は、それを上回る良案が生まれたからこそボツになっているのであり、通常、世に出回ることはありません。また、「失敗」でもあるボツ案を公表することは、クライアント(依頼者)である企業や団体にとってメリットがないどころか、場合によってはデメリットともなります。それでも自身のボツ案を明らかにしたのは、こうした失敗やそこにいたる経緯にこそ、デザイナーの葛藤や苦悩が潜んでおり、また、具体的なボツ案を見せることで、自身の仕事術についても説明できるのではないかという、同氏の熱い思いがあってのこと。デザインという仕事の裏側を覗ける同書には、ボツ案の掲載を許可してくれた提携先の、粋な思いも詰まっているのです。

 前述のエース社のほか、お菓子メーカーのロッテ、重工業大手のIHIなど、名だたる企業での企画が紹介されている本書ですが、私が最も心を動かされたのは、早稲田大学ラグビー蹴球部のブランドデザインに関するリポートでした。デザインを通じて、選手やスタッフの意識改革を図り、結束を高める。同時に、外部に魅力を発信することで、寄付やグッズの売り上げを伸ばし、強化のための予算を獲得する。2つの好循環を生むことで、最終的にチームはより強くなる。こうした考察をもとに佐藤氏は、このプロジェクトの最重要ポイントとして、選手が着用する同部のユニフォームの刷新に取り掛かったのです。

 しかし、スポーツファンの方なら、こう思われるでしょう。ユニフォームでチームが強くなるのか? と。それで強くなるのなら苦労しないだろう、と。私自身も当初は、そんな疑いの目で読んでいたのですが――幾多の検討を経て育っていくデザインと、それを受けて変わっていくチームの姿は、「これはひょっとして…」と思わせるに十分なものでした。このユニフォームの刷新プロセスでも多くのボツ案が生まれているのですが、それは佐藤氏がクライアントである同部に対して、質の高い具体案を数多く提案できていることの裏返しでもあります。そして、最終的には採用されなかったアイデアも実は、プロジェクトの過程では大きな役割を果たしており、チームとそこに携わる人々が意識改革を果たすための、大きなステップになっていたのです。

 クライアントとの打ち合わせを重ねてデザインが進化していく様子は、それだけでもドラマティックで、ドキュメンタリー映画を見ているかのよう。読了後には「ボツ案」の概念がすっかり変わる1冊です。

文=神田はるよ