麻耶雄嵩「貴族探偵」シリーズの番外編が読める! 書き下ろし新作を無料公開

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2017/11/6


とある広場で“あの人”


今月の“あの人”は…「貴族探偵」シリーズ

玉村依子と高徳愛香

『貴族探偵対女探偵』 麻耶雄嵩/集英社文庫

名前も経歴もすべて謎に包まれた、さる由緒正しき家柄の若き紳士。事件現場には執事やメイドや運転手なども引き連れて現れ、推理すら使用人にまかせるという、その名も「貴族探偵」。シリーズ2作目の『貴族探偵対女探偵』では、ある名探偵を師匠に持つ新人の女探偵・高徳愛香と貴族探偵(率いる使用人たち)の推理合戦が描かれる。地道に努力を重ねる女探偵に対し、権力と財力にものをいわせた斬新な方法で解決に持ち込もうとする貴族探偵の戦いはユニークかつスリリング。病に斃れた師匠の遺志を継ぎ、探偵家業に誇りを持って取り組む愛香と、女性を口説きながら、道楽気分で使用人たちを動かす貴族探偵。最後に勝者となるのは果たしてどちらか。

「貴族探偵」シリーズ番外編

ホタルの叫び【第一話】 麻耶雄嵩


写真提供=Getty Image

「それでね、愛香ちゃん」

玉村依子(たまむらよりこ)が親しげに話しかける。秋らしく、今日はデニムのジーンズにオレンジ色のジャケットを羽織っている。鼻筋が通った洋風美人でスタイルもいい彼女には、ボーイッシュな格好も似合っていた。

「ちゃんは止めてください」

無駄だと解っていても、高徳愛香(たかとくあいか)は訂正を求めた。依子は元華族の大手製薬会社の令嬢で、愛香は駆け出しの私立探偵。もちろんそれ以上の好感はあるし、同性異性を問わず奔放な恋多き女である依子から過剰な好意を感じなくもないが、基本的な立ち位置は依頼人と探偵。今回も依頼があるからと、都内の一服ひろばに呼び出されたに過ぎない。

駅近くの広々とした公園内、ポプラ並木が林立する砂利道の脇にぽつぽつと灰皿が据えられている。十月に入り少し落ち着いた日差しが、木漏れ日となって愛香たちに降り注いでいる。人が疎(まば)らなこともあり、都会の喧噪がガラス一枚で遮断されたような静かなエリアだった。

愛香はタバコを吸わないが、一服ひろばには何度も来たことがある。今は亡き師匠が難事件のたびにここを訪れていたからだ。ここは想い出の地であると同時に、師匠から探偵としての心構えやノウハウを教わった大切な場所でもあった。

師匠は目を細め美味しそうにタバコを吸いながら、「思考の縺(もつ)れというのは、ストレスという小枝に複数の糸が絡まっている状態なことが多い。喫煙によって小枝を取り除けば、思考の糸たちは案外するすると解けて、光明が射したりするんだよ」と説明していた。

「依子さんはタバコを吸われるのですか?」

不思議に思い愛香が尋ねた。これまで一度も彼女の喫煙姿を見たことがなかったからだ。今もバッグからタバコを取り出す気配はない。

「私? 全然」

と、あっさり依子は首を横に振る。

「では、どうしてここに?」

「なんとなくね。ここは静かで落ち着くでしょ」

かつての恋人にでも連れて来られたのだろうか。深く詮索しても仕方がない。

「それで、依頼というのは?」

きょろきょろと辺りを窺ったあと、愛香が本題に入る。いくら落ち着く場所といえども、往来で事情を訊くのは躊躇(ためら)われる。

幸い、平日の二時過ぎという時間もあって、一番近くでは、ポプラ並木の向こうの灰皿にモーニングコート姿の男性が背を向けているくらい。昼休みには大量のサラリーマンが嫌でも目に入る場所なのだが。

しかし依子は気にしていないようすで、「それがね」と話し始める。往来で語れるほどの軽い内容なのだろうか。そう思った瞬間、

「半月ほど前に横浜で起こった殺人事件は知ってる? 穴水登(あなみず のぼる)という男の人が殺された事件なんだけど」

「新聞で目にしただけですが」

即座に愛香は頷いた。確か、十月四日の深夜にサラリーマンがアパートで殺された事件だった。鈍器で背後から二度殴られたあと、首を絞められていた。執拗な手口から確実に殺したいという強い殺意が窺(うかが)われたため、愛香の印象に残っていた。

「殺人事件の依頼ですか?」

犯人が捕まったという話は、まだ聞いてはいない。とはいえ、新聞で見た感触では、そう難しい事件という気もしなかった。ただの探偵の勘だが。

それよりも奇妙に思えたのは、依子との接点が感じられなかったからだ。事件の被害者は一介のサラリーマンで、紙上での扱いも、良くも悪くも都会にありがちな普通の事件だった。依子のような上流階級のお嬢様が関わるような特殊な印象はなかった。

ただ、以前の事件で遭遇した数ある彼女の恋人の一人も冴えないサラリーマンだったので、その線なのかもしれない。依子は物好きで、庶民出の探偵である愛香にも分け隔てなく接してくれている。

「実はね、知り合いの弟が、この事件の重要な証人になるかもしれないの」

依頼の核心に迫り、さすがに依子も声を潜めていた。

「証人? 事件のですか。なら警察に」

「それがね。事件に関わっているかどうか、判らないのよ」

ノンシャランな依子が珍しく難しい顔をしている。

「まず、事件について話すわね」

事前に調べてきたようで、依子は手際よく事件の概説を始める。

それによると、被害者は穴水登という三十四歳の独身サラリーマンで、五日の昼に自宅の賃貸マンションで殺されているのが発見されたらしい。死亡推定時刻は四日の夜十時から十二時にかけて。背後から鈍器で二度殴られた上に絞殺されたこと、また物色された形跡もないことから、物取りではなく怨恨による犯行と考えられた。因みに、凶器の鈍器とロープは犯人が待ち去ったらしく現場には残されていなかった。

発見時、玄関の鍵は開いたままで、また鍵は穴水自身が持っていたことから、被害者が犯人を自室に招き入れたと考えられ、それも顔見知りの犯行説を補強したようだ。

警察が被害者の身辺を調べたところ、いくつか私生活でトラブルがあり、容疑者が数人ピックアップされた。

「容疑者の中に、西岸良行(にしぎし よしゆき)という男の人がいたの」

依子は云った。

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まや・ゆたか●1969年、三重県生まれ。京都大学工学部電気系学科卒。京都大学推理小説研究会に所属し、大学在学中に『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』で作家デビュー。2011年『隻眼の少女』で日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞をダブル受賞。15年『さよなら神様』で本格ミステリ大賞受賞。他の著書に『メルカトルかく語りき』『化石少女』『あぶない叔父さん』などがある。