北尾トロ 70年代後半のダメダメ青春を告白

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/27

金なし、女なし、やりたいこともなし。中学生時代にいじめに遭った過去も持つ小心者の主人公・伊藤秀樹が大学入学と同時に入った「中野さぼてん学生寮」では、“コバジ”と呼ばれる小林先輩が夜ごと狂った裸芸を披露していた─。自由で怠惰で空っぽで、ただ笑い転げて過ぎゆく青い春。主人公の名は北尾トロさんの本名で、ほかのキャラクターも実在の人物だ。

「70年代後半ってつまらなくて、シラケ世代って言われたダメな奴ばかりだったけど、俺はその中でも相当ダメだった。でもあの頃の自分は嫌いじゃないんですよ。男なら誰でもあるんじゃないかな、そういう時期」

そんな伊藤が唯一決めていたのは、会社員だった父親と同じ生き方はしないということだった。大学の合格通知が届いたその日の夜、父親は48歳の若さで急死した。家を建てる準備をはじめた頃だった。専業主婦だった母親は妹を連れて、和菓子屋だった福岡の実家に戻り、大学進学のため東京に残ることになった伊藤は、父親の元同僚のはからいで会社の福利厚生施設「中野さぼてん学生寮」に入ったのだ。しかし楽しい寮生活にも2年弱で別れを告げた。

「父親代わりのコバジや、兄弟みたいな仲間がいた寮のおかげで立ち直れた。じゃあ今度は一人で外で生きてみようと思って。就職はしないと決めてたけど、ぼんやりとしたままでは親父に負けちゃう、そうやってブチブチ言いながら親父の会社の世話になるのも嫌だったから“脱親父”したわけです」

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以来、初志貫徹して会社員になることなく、ぶらぶら好きなことをやって生きてきた。

そして自由気ままな暮らしのまま46歳で自らも父となり、父親がなくなった48歳を迎える頃、ひとつの転機が訪れた。

「ちょっとおかしくなっちゃって、隠れ家を借りたりして。それまで親父を否定して生きてきたけど、自分も父親になってみると、どうしても親父と比べてしまって悶々として。48を過ぎて、考えてもしょうがないと思えてから落ち着きました。だからこの本を書けたんだと思う」

もう父親の人生を否定はしない。ただ当時から30年以上変わっていないのは、“今”やりたいことだけをやる生き方だ。

「親父は今辛くても明日のために頑張る生き方だったけど、明日はなかった。だから俺は明日を信じないで、今面白いと思うことをやってきた。やりたいことがなくなることが俺には恐怖なのかな。だから常に自家発電して、面白いことを探してるんです」

北尾トロ新刊
『中野さぼてん学生寮』(朝日新聞出版)

(ダ・ヴィンチ3月号 「『中野さぼてん学生寮』北尾トロ」より)