2つの新人賞を同時受賞! 驚異の新人が描く受賞小説が発売

文芸・カルチャー

公開日:2018/6/12

 新人賞2冠に輝いた新星・路生よる。その期待の受賞作2作品が、2018年5~6月にかけて連続刊行される。新人賞W受賞という快挙を果たした路生よる作品の魅力とは何なのか?

『地獄くらやみ花もなき (角川文庫)』(路生よる/KADOKAWA)

 まず、ご紹介するのは『地獄くらやみ花もなき』(角川文庫)。全国の書店員によって「角川文庫キャラクター小説大賞 読者賞受賞」に選ばれた1作だ。

 主人公は生きることをあきらめたニートの青年・遠野青児(とおのせいじ)。彼が辿り着いた洋館で出会うのは、罪人たちを地獄へと送る<死の代行業>を営む美貌の少年、西條皓(さいじょうしろし)。青児は皓から罪人を一目で見分けられる稀有な人間であることを知らされ……。

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 表に出ることのない隠れた悪人を、司法に代わって裁くこの勧善懲悪の物語は、人間が密かに背負う罪を、そこにとり憑く化け物に見立てたり、古くからの名家で起こる凄惨な連続殺人を端正な筆致でミステリアスに描くなど、けれん味たっぷりの演出が光る極上のミステリーとなっている。同時に、罪を抱えた人間の葛藤や心情がリアルに描かれている本格的な人間ドラマでもある。政治、芸能界、学生スポーツなどあらゆるところで、(善悪の本質は置き去りに)たたかれるべき悪人をターゲットに仕立て上げ、〈天誅〉を下したがっている昨今の社会に対する警鐘のようでもある。

 この物語について、路生氏は以下のように語っている。

「犯人――化け物に憑かれた人々は、基本的に人として描いています。また、あくまで人の範疇におさまるよう、共感可能な人物として描くことに注力しました。なぜなら、この作品を通じて描きたかったのが、極悪人の所業ではなく、アナタやワタシにもあるような人の業だったからです。(中略)しかし作者としては、曖昧模糊として一筋縄ではいかない、一瞬前には善人だったのに、その一瞬後には悪人になる、そういうマーブル模様に濁ったところが人の魅力ではないかと思っています」

 善悪は表裏一体である発言を見るにつけ、作品に込められた意図を「天誅を下したい現代社会への皮肉」ととらえたのだが、深読みにすぎるかもしれない。同インタビューで路生氏は、ただただ楽しめる本として書いた旨も語っている。大上段に構えた思想的な意図はない。ただ読者を楽しませたい無邪気な思いがある。真意は分からないが、モニター書店員の支持を一番多く集め受賞したデビュー作を、潔くそう言い切ってしまえるところに、この新人の純粋さと覚悟を感じるのだ。社会が求める「けしからん者に天誅を!」という欲求を、エンターテインメントの形で、痛快に満たしてしまう。恐ろしい才能が現れた。

 そして、著者のセンスが発揮されたもうひとつの受賞作が、『折紙堂来客帖 折り紙の思ひ出、紐解きます。』だ。

『折紙堂来客帖 折り紙の思ひ出、紐解きます。 (富士見L文庫)』(路生よる/KADOKAWA)

 主人公の高校生・漱也(そうや)は、祖父と二人暮らしのお人好しな好青年だ。ある日、彼は顔のない化け物に出会い、逃れるように迷い込むのが “あやかし”の世界と現世の狭間。常に夕暮れ時の赤い空が広がるその場所で、不思議な少女・蒼生(あお)と、彼女があやかしに関わる問題を解決する「折紙堂(おりがみどう)」に出会う。

 本作は、受賞にともなう編集長の選評で、物語の構成の巧みさやエンタテインメント性を絶賛されている。しかし、今回注目したいのは主人公の作り込みだ。漱也は、困っている相手を見かけるとつい体が動く“お人好し”なキャラクターだ。現実離れした良い人と感じられそうだが、路生氏の手で作り込まれた彼の過去が、漱也をぐっと身近な、人間味あふれる青年に感じさせる。実は、漱也は幼い頃に両親に手放されて以来、父母と一度も会わないままに祖父のもとで養育されている。幼い頃は、その事情を耳にしたクラスメイト達にからかわれ、疎外された。

 現代に生きる我々の多くが、小さくとも似た経験をしたのではないだろうか。どうしようもない事情に対して――たとえば親の立場や貧富、体つき――幼い子どもは無邪気に切りつける。だからこそ、漱也はお人好しなのだろう。悩む人を見ると幼かった自分と重ね、助けずにはいられないのだ。幼いころの傷は、成長しても折に触れ思い出される。傷ついたからこそ、似た経験に共感できるしわかり合える。ときには自分が同じ傷を負わぬように誰かを傷つけてしまう。物語の中で、漱也は自らに重なる悩みを抱く知人を助けたいと行動を起こす。懸命に悩み、過去を乗り越えていく。普段、我々が隠す傷を代弁するかのように。彼の姿に読み手の心も救われるように感じるのは気のせいではない。傷ついた経験をもつ我々は、彼に共鳴し癒される。そして、路生氏の描くラストに、我々はまるで過去に出会った小さな親切――ときに電車で席を譲る人を見かけたとき――のように心があたたまるのだと思う。

 雰囲気も読後感も異なる2作品だが、いずれでも描かれるのは、現代を生きる我々の一面を著者の鮮烈な目線で切り出したキャラクターたち。天誅と癒し。鮮やかなデビューを飾った路生よるの描く2つの作品を、この才能を、堪能してみてはいかがだろうか。

2作品の試し読みは以下で公開中
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885844243