16万部突破の大人気シリーズ『活版印刷三日月堂』が完結! 店主・弓子の、そして三日月堂の未来は…?

文芸・カルチャー

公開日:2018/8/31

『活版印刷三日月堂』

 舞台は小江戸の佇まいを残す街・川越、モチーフとなっているのは、実体ある活字ならではの、温かな手触りが立ちのぼる活版印刷。そうしたノスタルジックな要素に惹かれ、「活版印刷三日月堂」シリーズ(ほしおさなえ/ポプラ社)を手にした人も多かったことだろう。だが、ひとたびページを開くと、心に満ちてくるのは、そのなかを生きる人々から伝わりくる、真摯に現実に向き合うことの清々しさだ。

 祖父母の代で閉じた活版印刷所三日月堂を受け継いだ主人公・月野弓子は、手を動かしながら、心の内で問い続ける。商業的には顧みられなくなった活版印刷で、自分は何をしたいのか、何ができるのか――けっして夢物語ではない地に足の着いたストーリーは、これまで刊行されてきた3巻で、それぞれ活版印刷の現代、過去、未来を投影しながら、三日月堂の歩みを刻んできた。そしてついに弓子が自身の未来に向けて答えを出す完結編、4巻が刊行された。

「実現可能ということで考えれば、今までのように葉書やコースターなど、小さなものを作っていればいいのかもしれない。けれど、できるかどうかは別として、“私はこれが作りたい”という志を、夢を、彼女には持ってほしかった」。3巻目『庭のアルバム』刊行の際、そう語っていた著者のほしおさなえさんは、当初3部作と決めていたシリーズで、未来への視点を持つ第3弾を前編、後編に分け、弓子の、そして三日月堂のこれからをじっくり描くことにしたという。

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 物語はこれまでも、三日月堂を訪れる“言葉にならない想い”と向き合っていく人々との交流から描かれてきた。

 4巻目『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』の第1章では、プラネタリウム「星空館」を担当する印刷会社の青年が三日月堂を訪れてくる。1970年代に創業された同館で、当時作られていた活版印刷による星座早見盤を復刻できないかと訊ねるために。“自己主張がない”という、かつての恋人からの言葉が、仕事にも新たな恋にも影を落としていた青年が、活字と星座に触れていくその仕事から見出していくものとは――? そして第2章では、大学のゼミで川越の街をテーマにリトルプレスを制作する女子大生が訪れる。苦手なメンバーと組むことになり、苛立ちを隠せない彼女が、川越で耳を傾け、そして自身で文字にしていく人の言葉から気付いていくものがここでは描かれる。

 このシリーズの楽しさのひとつは、これまで登場してきた人々が、編み物の目を拾うように繊細に繋がっていくこと。完結編である4巻では、懐かしい人々も顔を出し、活字によって、自分の思いを言葉にできたその後の日々も綴られる。なかでも3巻で登場してきた、学校での生活に戸惑いを感じるなか、自身の描いた草花のスケッチで、活版印刷の葉書を作った高校生・楓と、三日月堂にある動かない大型機械と同じものを有する盛岡の印刷会社で、弓子とともに冊子を印刷した悠生は、大きな存在感をもって登場してくる。

 そして3章では、2巻目『海からの手紙』で、豆本マーケットが開催された古書店の店主が語り手に。弓子もよく訪れる、川越の街と人に馴染む店の店主・水上がこれまで綴ってきた店のたよりのなかの“雲日記”というコラム。それをまとめ、一冊の本として刊行しないかと、小さな出版社を営む大学時代の親友が依頼に来るのだが、自分には、表現すること、それを世に出すことの資格なんてないと、水上は頑なに拒むばかり……。表題作ともなったこの章では、表現すること、夢を持つこと、何かを残すこと、生きること……様々な思いが、弓子と語り合う水上の言葉から溢れ出してくる。そして最終章となる4章では、弓子自身がこのシリーズのなかで初めて語り手として登場する。そこで描かれていくのは、まさに題名どおり「三日月堂の夢」。さらに弓子のもうひとつの夢も……。

 最後のページを閉じたとき、きっと気付く。自分のなかに温かな、そして強い何かが生まれていることに。そして見えない想いでつくられている、今、自分が存在する世界を愛おしく感じることだろう。

文=河村道子

『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』で語られる主人公・弓子の描く活版印刷の“未来”――。【ほしおさなえさんインタビュー】