南海キャンディーズ・しずちゃんの人生を変えた人物とは?

文芸・カルチャー

2018/11/17

 南海キャンディーズ・山里亮太さんの著書『天才はあきらめた』が10万部を突破したことが話題だが、相方のしずちゃん――山崎静代さんも負けてはいない。芸能人の隠れた才能を発掘するテレビ番組『プレバト!!』で番組初の水彩画の名人に認定された彼女は、実はもともと絵が得意。そんな山崎さんが2009年以来2冊目となる絵本『このおに』(岩崎書店)を上梓した。

 映画『フラガール』でのデビュー以来、女優としての評価も高い山崎さん。もともと表現する才能に長けているのだろう。さらに彼女は、ボクサーとしてオリンピックをめざした経験もある。芸能活動を続けながらも、オリンピック強化選手に選ばれたときは、みなが驚いたことだろうが、『このおに』はそのときに指導してくれた恩師との出会い、そして癌による死別を描いた自伝的作品だ。

「わたしはおこったことがない」で始まる本作。たしかに山崎さんはいつもにこにこしていて、声を荒らげることもない。『フラガール』出演に際し、山里さんが裏で妨害しようとしていた話は有名だが、それでも山里さんのことを一切悪く言わずに感謝を示していたことも同時に語られている。

「わたしは みんなに やさしい。みんなも わたしに やさしい。」善意と優しさで包まれていた山崎さん=「わたし」の世界。だがあるとき突然、彼女は「すごく すごく おおきいもの」がほしくなる。すると現れたのが「おに」だ。優しい笑顔で鬼は言う。「おれについてこい」。それは死闘の日々の始まりだった。

あほ! ぼけ! もっと地獄を見ろ!

 厳しく激しい言葉で「わたし」を追い込み続ける鬼。あれもダメ、これもダメ、どうしてそんなに怒るの? そこまでわたしが憎いの? 涙をこらえて歯を食いしばって、それでも鬼の言うとおりトレーニングを続ける「わたし」。生まれて初めての、怒りと闘争心。追い詰められながらも必死で食らいつく。いなくなっちゃえばいいのに、だいきらい。「わたし」の中にも初めて、他人への憎しみが生まれていく。

 けれど実際、ほんとうに、鬼がいなくなってしまったあとの解放感は一瞬で、誰も怒ってくれないさみしさがすぐに彼女を支配する。「わたしはまた ただやさしいだけのわたしになっちゃうの?」。とつとつと、素朴な言葉で語られる彼女の胸のうちは、一つ一つが突き刺さる。大嫌いだけど、大好き。2013年に逝去した、スパルタコーチ・梅津正彦さんへの感謝と愛が伝わってくる。

 本書に山崎さんはこんなメッセージを寄せている。

私はボクシングに出会い、梅津さんに出会い人生が変わりました。大人になってあんなに怒ってくれる人はいません。(略)山ちゃんの厳しさの意味もボクシングをしてわかりました。山ちゃんが生きているうちに気づけてよかったです

 やさしさはもちろん、大切だ。けれど悪意と切り離された純粋な闘争心は、人を強くしてくれる。憎しみではなく愛情から鬼となった人の想いも、きっと伝わる。厳しさゆえに目を背けていたかもしれない、自分のまわりの「鬼」たちに想いを馳せ、人生をふりかえりたくなる作品だった。

文=立花もも