有栖川有栖の書き下ろし最新作『小さな謎、解きます』を無料公開!

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2018/12/14

『小さな謎、解きます』#1

 それなりに繁盛している商店街の中ほどに、老舗の和菓子店と時計店に挟まれて場違いな探偵事務所があった。ガラス戸には、金色のカッティングシートで記された〈街角探偵社〉――素人仕事なので少し歪んでいる――の五文字。

 もとは〈占いの館〉だったのだが、ありとあらゆる占いに通じていた女性オーナーが「もう引退したい」と店を閉めるにあたって、格安で借り手を探したのに見つからなかったため、定職に就かずふらふらしている孫に「ただで貸す。何でもいいから商売をしなさい」と命じた結果、そんなものが出現したのだ。

 失業中だった孫が「何でもいいんだね?」と言質を取ってから始めたのが探偵事務所。彼は、興信所で半年ほど働いたことがあったし、〈占いの館〉をほとんど改装しなくてもよい、というのが私立探偵を開業した理由だ。「何でもいい」と明言した手前、祖母は認めるしかなかった。

Photo=Getty Images

 その孫が樋間直人、二十八歳。

〈こ〉をつければ〈暇な男〉になるという名前が禍したわけではなく、立地に合わない業種だったせいで、開業して三週間が経っても依頼人はゼロだった。これでは駄目だと考えた直人は、名称を〈樋間興信所〉から親しみやすい〈街角探偵社〉に変更し、こんな呼び込みの文句をドアに張った。

〈小さな謎、解きます。お気軽にご相談ください〉

 私立探偵というのは〈調べる〉〈捜す〉が主な仕事なのに、〈謎を解く〉をアピールしたのは、彼が推理小説ファンだったからである。本人は、「こうしたら客層が広がる」と大真面目に考えていた。

 笑うなかれ。この張り紙をしてから一週間のうちに三件の依頼があった。「お祖父ちゃんが遺した金庫が開かない」というたぐいの相談ばかりで、便利屋扱いされているようではあったが、探偵と便利屋が解決すべき領域は重なっているから、直人に不満はない。――満足もしていないが。

「叔父さん、今日も暇な男?」

 ガラス戸が勢いよく開いて、学校帰りの健斗が入ってきた。おこづかいをやったこともないのに、妙に懐いている小学四年生。近所に住んでいる姉の子だ。ぱっちりとした目があどけないが、大人びた言動をすることもある。

 健斗はランドセルを背中から下ろし、応接スペースのソファで元気よく尻を弾ませる。

「暇だったら、ぼくが問題を出すから解いてよ。専門でしょ」

 直人は、スーツにネクタイでデスクに向かい、新作の推理小説を読んでいた。栞を挟んで本を閉じ、天然パーマのもじゃもじゃ頭を掻く。

「出してみろよ」

「えーとね、大阪城を作ったのは誰?」

 引っ掛かってやろうか、と思ったけれどやめた。

「造るよう命じたのは豊臣秀吉。実際に造ったのは大工さん」

「ちぇ、引っ掛からなかった」

「四年生にもなってそんなクイズを面白がっているのか。遅れてるぞ」

「じゃあね」と第二問がくる。

「江戸時代、宇和島城を大工さんに命じて造らせたのは誰?」

 う、わ、じ、ま、を並び替えると何か言葉ができるのかと思ったら違った。

「知らないの? 藤堂高虎だよ」

「日本史にくわしすぎるだろう。どうなっているんだ、おまえ」

 お菓子をねだられたので、買い置きのグミをやると、「イチゴのが一番おいしいね」と無邪気に喜んで食べた。

 またガラス戸が開いた。入ってきたのは頭髪をほんのり茶色に染めた大学生ぐらいの男で、「あの……よろしいですか?」と恐縮した顔で訊く。三日ぶりの依頼人だった。

「健斗、またな」と甥を帰らせ、「どうぞ」とソファを勧めた。皮革があちらこちら剥げている祖母譲りの安物だ。探偵より若い依頼人は、気にする様子もない。直人はポットで淹れたお茶を出して、あらたまった口調で尋ねた。

「どういったご相談でしょうか?」

 縁なし眼鏡を掛けた茶髪の依頼人は、軽い調子で答える。

「木根といいます。実は、殺人事件の犯人を当ててもらいたいんです」

 そんな重大な事件をうちが扱えるわけがない。警察へ行けよ、と思ったが、「犯人を当ててもらいたい」という言い方は妙だ。

「現実の殺人事件ですか?」

「いいえ」

 やはりそうか。聞いてみると、大学のサークル仲間が書いた推理小説の犯人が判らないので、推理してほしい、ということだった。依頼人は、推理小説同好会に所属していて、難問に悩まされているのだ。

 これはまた小さな案件だ。おまけに相手は学生だから大した謝礼は望めないが、推理小説好きの直人にとって楽しそうな依頼ではある。

「まったくのお手挙げということはないんです。解けたつもりでいたんだけど、どうも変な具合で……」

 解けていないくせに、木根は未練がましげに言う。

「問題は、部員各人のスマートフォンやパソコンに送られてきました。それをプリントアウトしてお持ちしています。これです」

「拝見しましょう」

 直人は、さっそく読み始めた。

 

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有栖川有栖(ありすがわ・ありす)1959年、大阪府生まれ。89年『月光ゲーム Yの悲劇’88』で作家デビュー。エラリー・クイーンに影響を受け、鮮やかな論理展開のミステリーを多数発表している。2003年『マレー鉄道の謎』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞、08年『女王国の城』で本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞、18年〈火村英生シリーズ〉で吉川英治文庫賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。近著に『狩人の悪夢』『ミステリ国の人々』『濱地健三郎の霊なる事件簿』などがある。