鳥飼茜 12/23(日)にヴィレヴァン下北沢店で初サイン会開催。新作で描いた女性だけの世界のサバイバルとは?

マンガ

更新日:2018/12/22

 マンガ家・鳥飼茜さんの初サイン会が、12/23(日)14時から、ヴィレヴァン下北沢店にて開催。これまでトークイベント後のサイン会は何回も経験しているものの、シンプルなサイン会は初めてだという。ここでは、女性だけの世界を舞台に生殖の神秘に迫った話題作『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』(対象書籍)のインタビューを掲載。

 サイン会の参加に必要な整理券は、店頭、電話にて、『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』上下巻か、『ロマンス暴風域』2巻のいずれかの単行本を購入、予約した人に配布されている。
→サイン会の詳細はこちら)

 

鳥飼茜さん

鳥飼 茜
とりかい・あかね●1981年、大阪府生まれ。2004年デビュー。13年より連載を開始した『先生の白い噓』は男女の性的無理解を描いた衝撃作として話題に。他の著書に『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』『漫画みたいな恋ください』『前略、前進の君』『ロマンス暴風域』など。「『マンダリン~』には『わたしはロランス』『スワロウテイル』『木更津キャッツアイ』など自分が影響を受けてきた映画の要素を躊躇なくつめこめて楽しかった」(鳥飼)

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子供を生むことはもはや、ありふれた話じゃない。
それは“個として生きる”という選択の表れ

『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』は、鳥飼茜さん初のファンタジー作品だ。「町」と「スラム」に分断された世界。そのどちらにも、ほぼ男は存在しない。女だけとなったとき、生殖のしくみはどう変わり、社会はどう変わっていたのか。エッセイの中でも手探りで進んでいくしんどさを漏らしていた本作だが、どのような苦悩のもとに生まれたのか?

 純度100パーセントのかっこいい女性を描きたい。連載当初、鳥飼さんは『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』についてそう語った。絹糸のような美しい髪を持つ主人公・ 佐奈田は、鳥飼さんの理想とする“女傑”だ。男に依らず、腕の立つ鍼師として自立して生きる、美しい女。だが、そもそも『マンダリン~』の世界では男は珍種のように扱われ、その存在は社会的に隠されている。

「女性が集まったときの気持ちいいところだけを描いてみたかったんです。女同士のマウンティングが面白おかしく語られることが最近多いですけど、もし仮にこの世に異性がいなければ、そうはならないんじゃないかと想像して。たとえば痴漢被害にあった女性が傷ついた自分を受け止めきれずに被害を茶化したり矮小化して仲間内に話してしまう。その時になにかが歪んで伝わって、触られるのは性的魅力があるからという誤認識が女同士の中で独り歩きしたら、被害でさえもマウントになり得ることがある。世の中にはそうしたことがあんがい多いのではないかな、と。不愉快な他者として男性が存在しなければ、思いやりをもって連帯したうえで各々が個性を放つ、女性本来のかっこよさを描けるんじゃないかと思いました」

美を信じる人の持つ、生きぬくための強さ

 男の生まれなくなった世界。稀に誕生すれば強制収容のすえ中性化させられる。そこから逃げ出してきたのが麗峰だ。佐奈田の暮らすスラム街で異彩を放つ唯一の男。名前のとおり麗しく、女たちに高値で“夜”を売っている。

「私、イケメンを描くのが苦手なんです。『鳥飼さんの描く男って全員クズですね』って言われたりもするんだけど(笑)、男性を偶像化して愛でる文化に嗜みがない。『別冊フレンド』っていうバリバリの少女マンガ誌出身なのに、理想の王子様が描けない。あくまで現実の男性を融合させて描いているから、一見イケメン風でも次第にボロが出てダメな感じになっていく。それをかわいいと思うかどうかは読者次第っていうスタンスだったんですが、『マンダリン~』では異性間の色気が描かれないぶん、麗峰の存在そのものに色気をもたせたかった」

〈「真善美」って言葉知ってる? 私は美しいものしか信じないの。たとえばアンタの髪みたいな〉。初めて佐奈田に出会ったときの麗峰の言葉だ。この言葉だけで、彼の艶やかさと生き様が如実に表現されている。

「真善美(人間の理想的な三つの価値)という言葉を初めて知ったのは高校生のとき。そのどれを大切にしているかでその人の本質が知れるなと思いました。同時に、人それぞれ信じる比重が違うからこそわかりあえないことが多いんだろうなと。私は真――それが真実か、正しいかどうかにとてもこだわる人。善の人はより正義感が強そうだけど、どちらの場合も大義がある。でも、美に依る人は真偽にも善悪にもとらわれないんですよね。自分が美しいと感じたら、それがすべて。その信念って実はいちばん強いんじゃないか。だからこそ麗峰も、法律もルールも何もないような世界でぶれることなく生きていけるんじゃないか、と。だけど人間の価値観なんて複合的なもの。自分さえ美しくいられたらそれでいいという麗峰も、佐奈田や仲間たちがガムシャラに命懸けで自分を助けようとしてくれるのを見たときに、それが彼の理想とする美じゃないとしても、心を動かされたんだろうと思います」

 

親に売られた佐奈田は商品として船に乗せられる直前に逃亡。
追手に捕まりそうになった彼女を助けたのが麗峰だった。

 

“私”と“私たち”を行き交いながら、戦うこと

 生殖から解放された世界で、希少な〈子供を生むことのできる人間〉である佐奈田と麗峰。他人とは違う肉体に戸惑う彼らを通じて、読者もまた自分たちが「子供を生む」ことの神秘を再確認させられる。

「子供を生むことはもはや、ありふれた話じゃないんじゃないかという気がして。私はたまたま生みましたけど、まわりはそうでない人のほうが多いし、実際、国内出生率も下がっている。それって結局、人が“個として生きる”ことを選択し始めた表れじゃないかな、と。子供という存在自体は次世代につなぐ明るいものだし、みんなで手を差し伸べて育てていけばいいんじゃないかと図々しくも思いますけど、生みたくても生めない人、生まないことを選んだ人、それは個人の自由で誰に干渉できることではないんです。だけど社会が許さない。種として成立しなくなってしまうから、生産性がどうだって話が出てくるんでしょうが、全体の意思と個人の意思を並べて語るのはどうなのって思うんです」

 子供を作れる男であるがゆえに攫われた麗峰。奪還しに向かったさきで佐奈田は、世界を一つの正しさで支配しようとする存在に出会う。そして言うのだ。〈私は我々ではない〉〈正しさは……私と私のひとつひとつの中にしかない〉。

「女性が女性であるがゆえに受ける傷、たとえば痴漢やセクハラなどの被害については“私たち”の問題として結託すべきだと思うんです。“なぜ、こんな目に遭わなければいけないのか”を考えたとき、個人の問題にしてしまうから、そんな服を着ているから、そんな場所に行くからと落ち度を責められてしまうし、マウンティングも発生してしまう。自分が女の体を器としてもっている、それ以外の理由なんてないのに。〈#MeToo〉も本来そうならないための結託だったはず。でも、その“私たち”が肥大化すると、今度は男性を排除しようとする動きが生まれる。確かにそれがいちばん手っ取り早くはあるけれど、なんの解決にもならないし、私自身、男の人が好きだから排除されたら困る。先月号のインタビューでも言ったとおり『女性に決して優越をもたない理解のある男性とだけつきあいましょう』といわれても私はそんな男性に出会ったことはないし、いたとしても全員がそういう人とつきあえるわけじゃない。“私たち”と“私”を正しく使うこと、女性と男性が共生していくこと。性愛にからんだ感情ドラマではなかったぶん、より直球にそのテーマを描けたかなと思います。あとは……シンプルに“問題ある?”って言いたかった。“自分が自分だけのために生きることに、なにか問題ある? 自分たちがそれでいいって腹をくくって決めたのなら、しょうがなくない?”って」

 1月からは『スピリッツ』にて、『サターンリターン/29・5年に一度、人は死ぬ』という新連載がはじまる。ベースになっているのは、昨年『クイック・ジャパン』に掲載された描き下ろし短編「コピペ copy & paste」。

「〈真善美〉の話をしましたが、18歳くらいの頃に仲良くしていた男友達が、とにかく美しいものを愛する人で。悪いこともたくさんしていたけれど、その姿に私はとても憧れていた。でも自死を選んでしまった。いろいろと生きづらかったんだと思います。私が女性の抑圧というものを大きなテーマとして持ちながら、どうしても男性を疎外することができないのは彼の存在が大きいんです。ずっと彼のことを描きたいと思いながら逡巡していたんですが、そろそろいいかなあと思って描くことにしました。ご家族のことも知っているから、どこまで描けるかはわからないけれど。『マンダリン~』で女性たちのある種の理想郷みたいな世界を描いたことで、逆に悪感情にまみれながらも現実を生きている女性たちの姿もそれはそれで美しいし、読み応えがあるなと改めて思うようになりました。他者からの期待とか背負わされた役割とか、そういう予定調和からの脱却をこれからも物語として描いていきたいなと思います」

 

『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』(上・下巻)
鳥飼 茜 KADOKAWA 各1000円(税別)
舞台は、管理された「町」と無秩序な「スラム」に分断された架空の世界。表面上、どちらにも男は存在していない。スラムに潜む男娼・麗峰は高値で夜を売っていたが、あるとき客の女が彼を連れ去ってしまう。相棒の佐奈田は麗峰を奪還するために町へ向かうが……。「自分史上最高に時間をかけて絵にこだわりました。要素だけでなく演出も映画的になるよう試みました」(鳥飼)

 

(c)鳥飼茜/KADOKAWA

取材・文:立花もも 写真:江森康之