2012年本屋大賞は三浦しをんが受賞 「いつになく熱い表現が多くなった作品」

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/27

全国の書店員が選ぶ、いま一番売りたい本を決める「本屋大賞」の2012年受賞作が決定した。事前に発表されたノミネート作品10作品の中から大賞に選ばれたのは、三浦しをんさんの『舟を編む』(光文社)。

大賞を受賞した三浦さんは、早稲田大学を卒業後、2000年に『格闘する者に○』で小説家デビュー。06年に『まほろ駅前多田便利軒』で第135回直木賞を受賞している。
今回受賞作となった『舟を編む』は、出版社の辞書編集部を舞台に、単行本や雑誌とはまったく違う特殊な世界で、新たな国語辞書『大渡海』の編集・出版に携わることになった編集者4人の視点から描かれていくもの。誰もが使用した経験がある身近な書物にもかかわらず、学生時代を過ぎてしまうと疎遠になりがちな「辞書」。本書は、久しく忘れていた「辞書を引く楽しみ」を再認させてくれる長編作だ。

三浦さんご自身、本書の執筆にあたり、実際に辞書編集部のある出版社への取材も重ね基本的には真面目で穏やかな編集者の、けれど溢れる「辞書愛」にいたく刺激を受けたという。とはいえ、その「面白さ」を辞書離れした読者に伝えるのは容易ではない。どうすれば興味を持ってもらえるのか。本書には随所にそのための工夫も凝らされている。

例えばもしも「右」を説明せよ、と言われたら? 語り手の中心となる馬締光也(まじめみつや)はこんなふうに答える。
<『ペンや箸を使う手のほう』と言うと、左利きのひとを無視することになりますし、『心臓のないほう』と言っても、心臓が右がわにあるひともいるそうですからね。『体を北に向けたとき、東にあたるほう』とでも説明するのが、無難ではないでしょうか?> では、「島」はどう表現する? 「愛」なら? 辞書編集部員たちの間で交わされる言葉の問題に、気がつけば読者は自分なりの答えを探している。

advertisement

「右と左の説明の仕方は、辞書好きな人にとってはすごく基本的なことなんですけど、こういう言葉ほど、説明するのは難しい。日本語がネイティブな人は、右や左なんてあえて辞書を引いたりすることもないだろうし、同じように普段あまり考えずに使っている言葉ってたくさんありますよね。でも、ちょっと考えてみると、言葉って凄く不思議だし、大事なものだと気がつく。その楽しさを感じてもらえたら嬉しいですね」(三浦さん)。

同時に、キャリアも、年齢も、資質も性別も異なる辞書編集部の面々が『大渡海』の完成に向かって、言葉と向き合い、言葉によって絆を深めていく過程も読み応え十分。
「恋愛小説ではないけど、大人になってから新しい世界が見えてくる瞬間や、誰かに想いを伝えたいと思う最たるものは、やっぱり恋愛なのかなと(笑)。今までも明るい小説では、常に『だれかの情熱には、情熱で応える』人の姿を行動で示して描いてきたつもりなんですが、今回はいかに言葉で伝えるかを考えていたので、登場人物たちのなかでモヤモヤしていた想いが溢れて、いつになく熱い表現が多くなったかもしれません」(三浦さん)。

自分の想いを伝えたいという願いながらも、言葉の海に溺れそうになったとき、辞書という舟がある心強さを思い出す。発見と感動、そして幸福な物語である。

(ダ・ヴィンチ2011年11月号 「今月のブックマーク」より抜粋 取材・文=藤田香織)