不倫を疑われて離婚&失職。ワンルームからの再出発――谷村志穂の書き下ろし最新作『ゼンマイが解けて』が公開!

文芸・カルチャー

2019/3/20

写真提供=Getty Image

 2017年に刊行した『移植医たち』で、困難な移植医療に立ち向かう医師たちの姿を克明に描き、話題を呼んだ谷村志穂さん。ベストセラーになった『結婚しないかもしれない症候群』でデビュー以来、女性の人生に寄り添う思いで、さまざまなジャンルの作品を発表してきた。そのキャリアは30年におよぶ。

 1月に30周年記念イベントも行われ、今後の執筆活動に意欲を燃やす谷村さんの書き下ろし最新作が、このたびJTが運営するWEBサイト「ちょっと一服ひろば」で公開される。

 タイトルは『ゼンマイが解けて』(全5話)。一話については、「ダ・ヴィンチニュース」の特設ページでも読むことができる。

 母の形見の時計の修理を依頼するために、銀座の外れにある小さな時計工房を訪れた斎藤愛菜絵。夫との気持ちの擦れ違いから起こったトラブルで離婚、職まで失ってしまった彼女は、ワンルームマンションに引っ越したばかり。形見の時計は3年ほど止まったままにしていたが、一人になったいま、母にだけは傍にいてほしくて、急に修理を思いついたのだ。

「時計なんだったら、まあ大抵は直せますよ。しばらく預かっていいですね?」

「急いではいないんです。ただ、大体の費用はうかがっておいてよろしいですか?」

 何しろ場所が、外れとは言え銀座だ。百貨店の窓口で断られたくらいなのだから、専門的な技術への代価はつくのだろう。
 その人はぎろっとこちらを見上げた。いつの間にか、レンズは外されていて淡い色の目が見えた。

(中略)

「すみません、会社を辞めてしまったばかりで。でも、なんとかします」

 思わず不安がこぼれてしまい、あらためて自らの拠り所のなさを自覚する愛菜絵。38歳という年齢で再スタートを切らねばならなくなった現実を初対面の彼にも打ち明けてしまっていた。

「斎藤愛菜絵さんね、平日のご連絡先は、こちらの携帯の番号でよろしい?」

「はい、構いません」

 頭を下げて椅子から立ち上がりかけたとき、不意にその人は言った。受け取った名刺には、〈時計修理 マイスター 福永理衣(ふくながりい)〉と書かれてあった。

 このあと、福永が愛菜絵にかけた思いがけない言葉。それはこれまでの乾いたやりとりからは信じられない誘いだった――。

 人生を変える出会いとは、思いもかけぬところから訪れる。高級腕時計の修理という精緻なミクロの世界に生きるマイスターは、愛菜絵の佇まい、言葉から何を感じたのか。

 
「ゼンマイが解けて(第1話)」(ダ・ヴィンチニュース)
⇒「ちょっと一服ひろば」(JT)