湊かなえ 初の短編集『サファイア』の登場人物が酷評しているはまさかのあの作品!?

文芸・カルチャー

2012/5/18

告白』が大ベストセラーとなった湊かなえが、初めての短編集『サファイア』(角川春樹事務所)を出した。

〈恩返し〉を隠しテーマにした7編だが、このテーマになったいきさつについて担当編集者の齋藤謙さんはこう振りかえる。
「“まずはご挨拶を”なんて言ってる場合ではない、とにかく作品を書いていただきたいと思い、その場で〈先生〉と〈恩返し〉というふたつのテーマを提案させていただきました」

なぜ〈恩返し〉というテーマを選んだのか。湊さんは言う。
「〈先生〉は『告白』で学校の先生を書いてましたし、自分からも出てくるテーマのような気がしたんですね。〈恩返し〉は自分では思いつきそうにないテーマだし、面白そうだなって。恩返しと言っても、ありがたい恩返しもあれば、傍迷惑な恩返しもありますよね。私がひねくれているからだと思うんですが、あんまり嬉しくない恩返しばっかりが頭の中に浮かんできてしまって。

たとえば…私、スキー場で人とぶつかって顔に怪我したことがあるんです。その時に、もしこの人がお詫びに、私をお嫁にもらうとか言い出したら、どうしようと。実際は擦り傷程度なのでそんな心配しなくていいんですけど、昔話だと『鶴の恩返し』みたいに、恩返しですぐ奥さんになったりするじゃないですか。あれも、恩を返してくれる人によるなあって(笑)」

なるほど「恩返しなんかしなくていい」ってこともありそうで、思わず吹き出してしまう。

ささいな記憶から空想を広げ、絶妙なディテールで思いがけない物語に仕立てるのが湊かなえの真骨頂。おそらく1話目から読者は意外な展開に意表を突かれるのではないかと思われるが、最終話「ガーネット」の書き出しは衝撃的だ。
〈これほど読後感の悪い小説を読んだことがない。愛する人を奪われたという大義名分があれば、加害者に対し、どんな残酷な仕打ちをしても許されると、この作者は思っているのだろうか。(中略)プロの作家を名乗るのなら、「赦し」のない復讐小説など書くべきではない〉。これはまるで…。

「『告白』のことを指してるみたいですよね。この人は一体どこまで自分のことを小説に入れてるんだろうと読者に思わせたい。それを長編でやられても鬱陶しいだろうから、そういうことが思い切ってやれるのも短編の良さかなって思いますよね」
この大胆不敵さに、作家・湊かなえの覚悟と凄みを感じた。

取材・文=瀧 晴巳
(ダ・ヴィンチ6月号「『サファイア』 湊かなえ」より)