「理不尽なことにはNOを!」自分らしく生きるためには、声を上げるという選択もある 『私だけの選択をする22のルール』後編

暮らし

2019/12/4

『私だけの選択をする22のルール あふれる情報におぼれる前に今すべきこと』(ハヤカワ五味/KADOKAWA)

 大学在学中から数々のアパレルブランドを立ち上げ、デザイナー・起業家として注目を浴び、最近ではコメンテーターやパーソナリティとしても活躍するハヤカワ五味さん。

 知識に裏打ちされた知性と、まっすぐに物事に立ち向かう勇気が、しばしば発信されるSNSからも垣間見える。

 情報過多な時代で、自分の軸をぶらさずに、自分らしい人生を生きている彼女は、どんな基準で人生を選択しているのだろうか。

 初の著書『私だけの選択をする22のルール あふれる情報におぼれる前に今すべきこと』には、彼女が選択をする際に自らに課している「ルール」と、その背景が綴られていた。

■3年間続いた教師からの嫌がらせ

 小学生になってからは、教師からの陰湿ないじめが3年ほど続きました。引っ込み思案ながら何事にも率先して取り組み、なんでも率直に意見を述べることが多かったため、大人からしたらすごく生意気に映ったのだと思います。

 そして、格好の的となった私は、今考えても「なぜ?」と思うような理不尽なことで怒られるようになりました。たとえば、窓の外にちょっと目を向けたり、床に落としたものを拾おうとしただけで授業が終わるまでずっと𠮟責されたりしたのです。

 ですが、当時の私はすべてに対して至極真面目に取り組んでいるだけでしたし、それが良いことだと思っていたので、なぜそのような目に遭うのかまったく理解できず、だからこそつらい気持ちが強かったです。私としては悪いことをしていないのに怒られる状況だったので、自分では気づかず何か悪いことをしているのではないかと悩みましたし、そもそも自分という存在自体が許されていないのではないかという罪悪感を抱くようになりました。

■現実は教科書通りではない

 そんな学校での状況が一変したのは、小学4年生のときでした。

 まず、いじめの主犯だった担任が不祥事を起こして学校を去ることに。

 そして私自身にも変化が起きたのです。特に大きな影響を与えたのが、道徳の授業でした。

 命を大切にする。
 他人を思いやる。
 善悪の判断をきちんとして行動する。

 そういった規範意識が学びのなかで強くなっていくことで、私の意思も固まっていったように思います。

 それまで引っ込み思案だった私は、同級生たちからもいじめの対象にされることがありました。ただ、ずっと自分だけがいじめを受けているというわけではなく、時間がたつと別のクラスメイトがターゲットになることも。その際には、道徳の教科書に書いてあったように「それはおかしい! いじめなんかやめないか!」と言ってみたりもしましたが、教科書のようにそれでいじめが終わることはありません。むしろ、ターゲットが私自身に戻り、守ったはずのクラスメイトもいじめに加担しているなどの現実を目の当たりにしました。至極純粋だった私は、自分が信じていた教科書の通りにしても変わらない現実、むしろ悪化した最悪な状況に衝撃を受け、ただ教えられた通りにしてもどうしようもないんだと感じました。

■“衝動”が自分と環境を変えた

 そんなあるとき、少し仲の良かった友だちがいじめられ始めたのですが、その状況に我慢できず、けれど道徳の教科書通りにしてもどうしようもないという絶望的な気持ちで、クラスメイトが多くいるなかで机を蹴り上げたのです。

 私自身も咄嗟のことだったのであまり多くを記憶していないのですが、その瞬間に何かが吹っ切れました。いじめをする子たちに戦う姿勢をはっきり見せるようになったのです。

 それ以来、私や友だちに対するいじめはなくなり、きちんと声を上げることの大切さを学びました。ときに私がSNSを通じて大きな声を上げるのは、こうした経験があるからなのです。(本文より引用)

【前編】「もう、迷わない」情報過多の時代で、“自分らしい選択”をする方法とは?『私だけの選択をする22のルール』