糸井重里、吉本隆明への追悼の思いを語る

文芸・カルチャー

2012/6/19

湊今年3月16日、思想家・詩人の吉本隆明が肺炎で亡くなった。
生前親交が深く『ほぼ日刊イトイ新聞』でも対談を重ねてきた糸井重里が、『ダ・ヴィンチ』7月号で追悼の思いを語った。

「どう考えたらいいかわからなくなった時に問いかけることができる人でしたね。神様って声を出してはくれないけど、吉本さんは隣のおじさんみたいな場所にいてくれたから」

98年に『ほぼ日』を開設してからは吉本さんとの対談は人気コンテンツのひとつになった。講演の肉声を収録したDVD付きの本『吉本隆明が語る親鸞』の巻頭にも昨年7月29日に行われた対談が掲載されている。

「僕が初めて本当の意味で読んだ吉本さんの本は『最後の親鸞』なんですよ。記憶の中では18~19歳の夏休みなんだけど、実際にあの本が出たのはもっと後らしい。夏で田舎に帰ってたんだから、とにかくいろんなことがうまくいってなかった時期ですよ。人って、生き方がわからなくなると故郷に帰ったりするじゃないですか。そういう夏のある日に所在なく本屋に行って、ふと手にとったその本を立ち読みしたら、もう飛び上がるくらいに面白かった。『吉本隆明が語る親鸞』も、これから吉本隆明と出会う人にとってそういう本になるかもしれないって思ってるんです。あの時の僕みたいに途方に暮れてる人に、今悩んでることの答えは全部ここにあるよって言いたい。そうして吉本さんの肉声に触れてみてほしい。
肉声って凄いもんですよ。あの声聞くと、ほっとするんだよね。あのしゃべり方を聞けば、吉本隆明って人が本当は不器用で口ベタな人だってことがすぐにわかるんじゃないか」

対談する時は角に座って斜めにしゃべるのが常だった。
「僕も吉本さんも向き合うのが苦手だったから(苦笑)。質問すると、直接の答えじゃなくて、必ず少し遠回りの答えが返ってきた。それは“なぜその質問をしたのか”に対する本質的な答えだったからで、そういう答えって、そのパターンのあらゆる物事に対する答えになってる。吉本さんの考えって、だから自分の問題に代入できる、道具みたいに使えるんですよ。v
戦争の時は軍国少年だった吉本さんは、戦後あれは何だったんだって思いをして、そこから先はそれを考えることに一生を費やした人だった。生き方が、もう時代を投影しているんです。だから吉本隆明が生きてるってことがひとつの支えだったって人がいっぱいいるんですよ」

取材・文=瀧 晴巳
(『ダ・ヴィンチ』7月号「2012上半期 BOOK OF THE YEAR」より)