まつもとあつしの電子書籍最前線Part2(後編)赤松健が考える電子コミックの未来

更新日:2018/5/15

こんにちは。まつもとあつしです。
今週は、先週から引き続き赤松健さん伺ったお話です。
※前編はこちらから※
 
後編では、Jコミのサービスとして、新たに始められた「違法絶版マンガファイル浄化計画」を中心にお話を伺いました。

赤松健●あかまつけん 1968年7月5日生まれ。93年『ひと夏のKIDSゲーム』(マガジンFRESH)でデビュー。『ラブひな』で第25回(2001年度)講談社漫画賞を受賞。現在、『魔法先生ネギま!』を「週刊少年マガジン」にて連載中。『魔法先生ネギま!』の最新34巻が5月17日に発売された。株式会社Jコミ代表取締役社長。
違法絶版マンガファイル浄化計画
 
――ユーザーの反応はいかがでしょうか?理念は変わらないとは言え、PDF版の複製が自由にできるというメリットは、ブラウザベースの「アルヌール」では一見失われてしまうように感じられるのでは?
 
赤松:たしかに「海賊版流通撲滅」という観点からすれば、ブラウザでいつでも読めるようになったからといって、P2Pなどでコミックのファイルを収集しているようなユーザーが、それを止めるようになる、とはならないかも知れませんね。

しかし、ダウンロードが違法化(注:2010年1月の著作権法改正より。罰則規定はない)された今、Jコミの様に合法的なサイトがあるのならば、一般のライトユーザーが危険なWinnyなどを使って同じ漫画を取りに行こうとはしないはずです。先ほどお話ししたようにPDF版もいずれ用意できれば尚更です。

つまりある程度の抑止力にはなっている。逆にいわゆる「割れ厨」と呼ばれるような人たちは、PDFに暗号をかけるなどしても色んな手段を使ってそれを破ってしまいますよね。よく懸念として「PDF版にはもっと強固なDRMをかけないと、P2Pネットワークにアップロードされるのでは?」と言われますが、もう大抵上がってますから(笑)。それよりも、ライトユーザーに「無料で、高品質で、速く」お届けした方が、P2Pでイタチごっこをするよりよほど海賊版対策としては有効なのです。

――違法流通というトピックスでは4月11日に発表された「違法絶版マンガファイル浄化計画」も話題を集めました。
 

Jコミブログ4月11日記事より。ユーザーが所持している違法にダウンロードした絶版コミックのファイルをJコミに送り、「浄化」することを呼びかけた。
 
赤松:実はそれほど突飛なことをしている、という感覚はないんです。

YouTubeやニコニコ動画で映像をアップロードする際、サイト内の注意書きで「これはあなたが権利を有している著作物ですね?」と念を押されますが、あれってどのくらいの効力があるんでしょう(笑)。プロバイダー責任法に基づいているものではりますが、実際には、そうではないファイルがどんどんアップロードされています。(注:たとえばYouTubeでは、ワンピースなどの人気作品の誌面を動画としてアップロードしているものがランキングの上位に現れることがある)

浄化計画では、そんないわば「上っ面・嘘っぱち」な約束事ではなく、作者さんに還元を約束している以上きちんと許諾をとってから進めたいと考えました。そこで、アップロードに際しては、(YouTubeやニコニコ動画のように)いきなりそれが公開されるのではなく、まずはクローズドな形としたのです。そこからわれわれが作者さんに連絡を取り、条件が整って初めて公開となります。


ファイル浄化計画による公開第一弾となった「プレイヤーは眠れない」より。原発の異常事態が作中に登場する
 
Jコミの中で、この仕組みを検討しているときに「エヴァンゲリオンの人類補完計画みたいなイメージだね」っていう話が出てきまして(笑)。つまり、わたしたちユーザーが所有している違法なファイルを、作者への許諾を行う事で浄化・贖罪しているようなものではないかと。そこでこの名前をつけた、という経緯があります。

でも、やっていることはそれほど珍しいものではなく、むしろ極めてありふれた・真っ当なことをしているという感覚でいます。YouTubeなどにコミックのファイルが上がっても作者におカネが入ってくることはありませんが、Jコミでは公表しているように還元があるのですから。

――ただ、やはり一度は違法に入手したものをやり取りする、という点に違和感をおぼええる、という意見もありますが。
 
赤松:確かに問題はあります。公開はされないものの、アップロードが行われた時点で厳密に法律に照らせば複製権を侵害していますから。

ただ、アップロードしてもサイトには全く反映されませんので、その状態では作者・権利者はその事実を知りようがない。つまり著作権侵害は親告罪なので、それが成立しないのです。また、プロバイダ責任制限法でも、アップロードされた作品を公開しない状態では「情報の流通」がないので、Jコミは発信者情報を開示する義務がありません。これによって、我々はアップロードした人の個人情報を守ることができます。これは複数の弁護士の共通見解です。

こういう「システムそのもの」を訴える、というのも不可能ですし、なによりも日常的に著作権侵害が行われ、作者に何の還元もないサービスで溢れているなかで、我々だけは最大限の還元を行っている、という自負があります。つまり、我々が負けたら何かがおかしい。作者への還元よりも、他の何かが大切ということになるわけですから。そして実際に、苦情の類は一件も来ていません。

――そこを突き詰めると、自炊カフェなどについても指摘される現行の著作権法が現状に即していない、ということになっていきますね。
 
赤松:そうかもしれませんね。まあ、作者がちゃんと儲かればなんでもいい、というのがぶっちゃけたところではありますが(笑)

――ファイルそのものをJコミに送ってもらう、ということではなく、P2Pネットワークでのその所在(URL)を知らせてもらう、という手法ではダメだったのでしょうか?
 
赤松:それでOKです。実はいまのやり方でもし問題が起これば、そちらに移行しようと考えていました。ただ、その方法では、その情報が本当かどうかをその都度確認する必要がありますし、実際に画像が得られた方が作者の先生への確認もしやすいですしね。

――BLOGでも書かれていましたが、せっかく作品が寄せられても、作者の方の連絡先がわからないケースも多いということですね。
 
赤松:そうなんですよ・・・。出版社に聞いても個人情報だけは教えてくれませんし、Twitterなんかをやっておられる方はまだまだ少数派。そうなるとホント人づてで友人・知人・親戚を辿っていく、という作業になります。私も連載抱える中、ホント大変なんですよね・・・。

――たしかに。執筆の傍ら企業のライセンス処理担当のようなお仕事をされているわけですね(笑)。
 

いま20人ほどのボランティア「Jコミフェロー」が選考・組織され、作品についての調査、セリフのテキスト入力などを任意で行っている。写真はフェローに配付されたバッチ。これをつけていると赤松氏との「お茶会」に参加出来るそうだ。