人気作家が告白した「オトコの不妊治療」

出産・子育て

2012/7/24

 窪塚洋介主演でナショナリズムに傾倒する若者たちを活写した『凶気の桜』などの原作者として知られる小説家・ヒキタクニオ。彼が上梓した『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」男45歳・不妊治療はじめました』(光文社)が、いま注目を集めている。約5年にも及ぶ不妊治療の一部始終を、男性からの視点で綴った新書だ。

 ハードボイルドな作品も多く、自身も「社会性という言葉と相反する生活、いや、人生を歩んで来たんですね」と書いているように、無頼なイメージが強いヒキタ。彼が、10歳年下の妻と子づくりを決心したのは45歳のこと。最初は「タイミング法」という、排卵日に合わせて子どもづくりにいそしむ行動からスタート。この方法での妊娠確率は80%というが、1年を過ぎても妊娠には至らず。そこで、不妊の検査を行ったところ、彼の精子の運動率が20%だったことが判明。ここから、本格的な不妊治療がはじまったそうだ。

 まず、本書の特筆すべき点は、男性がオープンに不妊について語ることの新しさだろう。不妊治療は、どうしても女性の話題となりがち。男性がその治療内容についてつぶさに書くことはもちろん、語ること自体がまだまだめずらしいのが現状だ。たとえば、病院から渡された精子を採取するための直径2センチほどの容器を手に、「おいおい! こんなもんにどうやって入れんだよ、馬鹿野郎!」という叫びには、思わず笑ってしまいながらも、治療現場での男性へのフォローの足りなさが見えてくる。また、選別された元気な精子を子宮内に注入する作業に対して、「(行うのは)いい男がいいな」「脂ぎった髪のデブのキモメンなんてのだったら、何か嫌なもんだ」と考えるあたりも、男性としての妙なリアリティが感じられる。なにより、精子の運動率というナイーブな問題を恥ずかしがることなく痛快に描いていることは、多くの男性たちにとって励みとなるだろう。

 軽妙な筆致で、まるで小説のようにぐいぐい読めるこの本。しかし、ヒキタ夫妻の不妊治療は、相当にハードだったことも伝わってくる。とくに女性の負担は心身ともにかなりなもので、胎児を宿す当事者にはなれない分だけ妻をいたわり続けるヒキタの姿からは、強く、やさしい夫婦のかたちが見えてくるのだ。

 不妊治療という不穏な言葉を“懐妊トレーニング”と言い換え、心を合わせて挑んだ約5年間の軌跡。角田光代が寄せた「ヒキタさん、どうしてくれる! いつでも、どこでも、赤ちゃんを見るたびに涙があふれてしまうじゃないか」という帯文の通り、笑いと涙にあふれた感動的な1冊だ。