すぐ作れて安上がり! 角田光代作品に登場する節約料理ベスト3

食・料理

更新日:2012/8/29

 角田光代が書いたレシピ小説『彼女のこんだて帖』(角田光代、ベターホーム協会、魚喃キリコ/ベターホーム出版局)を原作としたショートドラマと、「思い出と料理」をテーマにゲストがトークするという新番組が8月21日からNHKで始まった。

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 角田光代の作品に登場する食べ物は、池波正太郎江國香織などの作品に出てくる憧れのレシピやちょっと手の込んだオシャレな一品とは違い、誰もが家庭で作れるような庶民的なものばかり。そして何より魅力的なのは、安上がりであること! そんな、すぐに試したくなる料理の数々を、角田作品からピックアップしたい。

 まず紹介したいのは、『八日目の蝉』(角田光代/中央公論新社)でハナちゃんがつくってくれる、トマトとキュウリと“ふし”のサラダ。ハナちゃんは、主人公の希和子が誘拐した子どもと逃亡の果てにたどり着いた小豆島で出会った少女。“ふし”というのは小豆島の名物で、素麺の切れ端のこと。素麺よりも太く、ショートパスタのような乾燥麺だ。ハナちゃんは、ざく切りのトマトときゅうりの上に大胆に茹でたふしをのせ、醤油ドレッシングを回しかける。真夏の居酒屋メニューのようで、気取りなくいただけそうだ。

 ちなみに、物語のなかでは、つかの間の幸福な食卓を象徴する一品として登場するこのサラダ。しかし、誘拐を報じる新聞には「服はもらいもの、食事は素麺の切れ端、極限まで切りつめられた逃亡生活」と書かれる……。この切ない落差感を料理ひとつで生み出してしまう力も、角田作品の魅力だ。

 続いては、『Presents』(角田光代、松尾たいこ/双葉社)に収められている「鍋セット」という短編から。主人公が上京してはじめてのひとり暮らしを始めるときに、母親から買ってもらった大・中・小の鍋セット。女友達と飲み明かしては小の鍋でラーメンをつくり、試験明けの宴会では大の鍋でおでんをこしらえる。でも、楽しい時間ばかりではない。失恋したり、ひとりの夜に押しつぶされそうになるときには、大の鍋で牛すね肉の煮込みをつくる。

 「だいじょうぶ、なんてことない、明日にはどんなことも今日よりよくなっているはずだ。鍋から上がる湯気は、くつくつというちいさな音は、そんなふうに言っているように、私には思えた。」
煮込みは手間も時間もかかるが、それが心を落ち着けるのにちょうどいい。たまにはこうした“自分のための料理”をしてみようか、と思わせられる1篇だ。

 最後は、『くまちゃん』(角田光代/新潮社)所収の「アイドル」に出てくる、冷蔵庫の残り物でつくったカレーシチュウと野菜入りオムレツ。主人公の英之が、同棲中の彼女に就職が決まったことを報告しようと考えながらシチュウをつくろうとするのだが、具材は玉葱にじゃが芋、椎茸、しなびたセロリ、キャベツ……と、あまりものオールスターズ。さらに肉の代わりはツナ缶で、シチュウのルーが見当たらずカレールーを投入! もう一品はミックスベジタブル入りの野菜オムレツという“おおざっぱ料理”が勢揃いだが、こういうのをささっと手際よく用意してくれる彼氏こそがステキじゃないかと唸ってしまう(その後、彼女に別れ話を切り出されてしまうのだが……)。

 このほかにも、角田作品にはたくさんの料理が登場。どれも食べてみたくなるものばかりだが、こうして食欲を刺激されるのは、そのひとつひとつに印象深い物語があるからこそ。ぜひ、そのおいしい世界を読んで堪能してみてほしい。