思想家・内田樹が語る、村上春樹作品の魅力

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/26

ダ・ヴィンチ』10月号では、『ノルウェイの森』『1Q84』など、数々のベストセラー作品を世に送り出し、ノーベル文学賞候補とも囁かれる作家・村上春樹を大特集している。


特集には、村上春樹について言及した著書も多い、思想家・内田樹が登場。村上春樹が世界中で読まれている理由を語っている。

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――村上春樹のきわだった特徴は何か。それは「文学史上希有な世界作家である」ということです。現代日本作家で、その人の新刊を世界中の億単位(たぶん)の読者が待望している作家は他にはいません。

村上春樹が描くのは、リアルに現代日本のできごとであり、登場人物は現代日本人で、彼らのライフスタイルやものの考え方はかなり「いまふう」です。にもかかわらず、それが世界中の読者に深い共感をもたらしている。なぜでしょう?

それは村上春樹が描いているのは「ここではない世界」に入り込むという経験だからです。『不思議の国のアリス』がうさぎを追って穴に落ちるように、村上文学の主人公たちはふとしたきっかけで「異界」に入り込みます。そこでは、もう僕たちの日常感覚は通用しない。そこが何のために存在する世界なのかわからない。だから、次に何が起きるかわからない。でも、なぜか、いきなりそういう世界に放り込まれてしまった。そこで生き延びるしかない。

でも、よく考えてみると、僕たちの現実だって、実は「そういうもの」ではないでしょうか。次に何が起きるかなんて、僕たちだってぜんぜんわかっていない(大地震に襲われたり、ジャンキーが包丁振り回して近寄ってきたり、ハイジャック機に乗り合わせたら、あなた、どうします?)。そういう危機に僕たちも想像以上に頻繁に遭遇しています。

それが村上文学を貫いている主題です。そういう状況に投じられても、ある種の人間はどうしてよいかわかる。なぜか、わかる。どうしたら「わかる」のか。村上文学の、それが主題です。だから、世界中で読まれている。戦争中の国でも、テロが荒れ狂う国でも、金融危機の国でも、読まれている。理解を絶した世界を生き延びるための知恵と力の源泉がそこにあると読者たちは直感するからです。――(内田樹寄稿「ここではない世界で生き延びるためのガイドブック」としての村上春樹 より)

特集では、内田の著書『もういちど村上春樹にご用心』から「空虚――あるいはドーナツの穴」「コスモロジカルに邪悪なもの」「センチネル(歩哨)たちの仕事」「ここではない世界」という4つのキーワードをたて、『1Q84』以外の作品も分析している。

ダ・ヴィンチ10月号「いまこそ、村上春樹」特集より)