話題騒然の昼ドラ『赤い糸の女』の文学偏差値

テレビ

更新日:2017/4/21

 「まっ昼間から過激すぎ」「毎回、腹筋崩壊で苦しすぎる」「ついていけないwww」など、話題沸騰の昼ドラ『赤い糸の女』。

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 観ていない人に簡単に物語を説明すると、主人公は志村唯美(三倉茉奈)。彼女は大学の同級生で、寮のルームメイトでもある親友の貴道麻衣子(上野なつひ)の恋人・徳須麟平(瀬川亮)に密かに恋心を抱いていた。そこへ新たに鹿野芹亜(奥村佳恵)という謎の美女がルームメイトに加わることになるのだが、じつは芹亜は唯美の中学時代の同級生で、唯美と比較され傷ついた過去を持つ整形美人だった。この芹亜が風俗嬢でもあり、徳須とも関係を持っていたことから歯車が狂いはじめ……というもの。なかでも、麻衣子を裏切り徳須と逢瀬を重ねる唯美がベッドで「私はビオラ……鳴らして……鳴らしてェ~!」と絶叫するなど、“ツッコまずにはいられない”名言が飛び出すので、ネットでは毎昼大騒ぎ。

 しかし、そんな名言とともに多いのが、ちょいちょいインサートされる文学エピソードだ。

 たとえば、大学の授業シーンでは、講義テーマにバルザックの『谷間の百合』(新潮社)が登場し、ドラマ時間は貴重な30分なのに長々と小説の解釈を述べさせたり、本筋とは絡まない教授のおじいさんたちがボーヴォワールや向田邦子の友情論を肴に一杯飲んでたり。とくに芹亜は援交相手の老人に教養としてフランス文学を叩きこまれた設定で、スタンダールにゾラ、モーパッサン、カミュの『異邦人』(新潮社)、サガンの『悲しみよこんにちは』(新潮社)などを愛読してきたことを告白。主人公から勝手に拝借した風俗店での源氏名「唯美」の漢字を訊かれたときも「唯物論の唯に、美しい」と説明したり、性豪の徳須に向かって「あんたは私たちのカサノヴァなんだから」と言ったり、いつも場違いな喩えを連発。

 しかし、『赤い糸の女』の文学偏差値の高さが証明されたのは、講義シーンにおける日陰茶屋事件の取り上げ方だ。

 日陰茶屋事件とは、大正期のアナーキストで「フリーラブ」の提唱者・大杉栄が、内妻の堀保子、新聞記者の神近市子、そして婦人解放運動家の伊藤野枝と四角関係に陥った際に起こった実在の事件。野枝と一緒にいることがバレてしまい、宿泊先の日陰茶屋に乗り込んだ市子が逆上して大杉を刺してしまった……という歴史に名を残す“ドロドロ劇”だ。

 このエピソードを、なんと『赤い糸の女』では再現ドラマに仕立て、ルームメイトの女子大生3人をシンクロさせるというアクロバティックな展開に。それだけではなく、なんと“大杉役”の徳須とともに4人で、いまなお残る日陰茶屋まで小旅行に出かけてしまうのだ!

 日陰茶屋をバックに、「結局、いちばんのフリーラブの勝利者は伊藤野枝よね。伊藤野枝だけが誰憚ることなく大杉栄の愛を貪ることができたんだもの」と、恋愛勝ち組論を語り出す唯美。するとなぜか語気を強めて、「でも、大正12年には関東大震災のどさくさに、伊藤野枝は大杉栄と一緒に甘粕正彦に殺されるんだよ! そこまでの覚悟があんたにあるの!?」と詰め寄る芹亜。カサノヴァ徳須とのセックスのことしか頭にない(としか思えない)3人の女が、大正時代の恋愛模様をめぐってバトル……これぞカオス! な名シーンだ。

 ドラマの脚本を手掛けるのは、『真珠夫人』や『牡丹と薔薇』、『さくら心中』といった名昼ドラを生み出してきた中島丈博。“下衆の極み”である物語を文芸の香りで混沌に持ちこみ、視聴者を興奮の渦に巻き込む手腕は、さすが! のひと言。ドラマはまだ中盤戦なので、まだ観たことがない人も、この未体験ゾーンに足を踏み入れてみてほしい。