「小説は、読者のもとに届いて初めて完成する」。初めて一般公開された江戸川乱歩賞贈呈式が感じさせた、文学の原点

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/29

 1954年創設、近年では東野圭吾や野沢尚といった推理小説作家を輩出した日本を代表するミステリ小説の新人賞、江戸川乱歩賞。第67回は、伏尾美紀氏の「北緯43度のコールドケース」と桃野雑派氏の「老虎残夢」がダブル受賞した。その贈呈式が、今回初めて一般公開。ダ・ヴィンチニュースでは、後援を務める講談社の単行本編集長や豊島区の文化事業担当職員の方に、開催に向けてタッグを組んだ関係者の言葉をお伝えしてきたが、今回は、第67回江戸川乱歩賞と、同時開催された第74回日本推理作家協会賞の公開贈呈式の模様をレポート。新たな形態へと舵を切った乱歩賞の姿に見える、文学の原点とは。

(取材・文=川辺美希)


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京極夏彦氏と江戸川乱歩賞・日本推理作家協会賞の受賞者
日本推理作家協会の代表理事・京極夏彦氏と、江戸川乱歩賞・日本推理作家協会賞の受賞者
写真:森清

小説は、読者のもとに届いて初めて完成する

 豊島区の協力のもと、11月1日の「としま文化の日」、豊島区立芸術文化劇場(BrilliaHall)にて、第67回江戸川乱歩賞と第74回日本推理作家協会賞の贈呈式が行われた。両賞を主催する日本推理作家協会、そして両賞について伝えるオープニング映像が流れた後、司会の笠井信輔アナウンサーが登壇。日本のミステリ文学界をけん引する協会らしい、重厚かつスタイリッシュな映像が与える緊張感から一転、笠井アナウンサーの明るい声に導かれ、日本推理作家協会代表理事の京極夏彦氏らプレゼンターと受賞者たちが、華やかなムードの中で壇上に登った。

「開会のことば」は京極夏彦氏から。豊島区の協力のもとで公開贈呈式を開催できた経緯と、「ひとりでも多くの方にこの賞を知っていただきたい。ひとりでも多くの方にこの賞を祝っていただきたい。そして叶いますならば、ひとりでも多くの方に受賞作を手に取って、お読みいただきたい」と、贈呈式を公開に踏み切った理由を話した。さらに、この贈呈式がYouTubeでも生配信されていることに触れ、「小説は読者のもとに届いて初めて完成いたします」と語った京極氏。江戸川乱歩賞が目指す開かれた文学賞としてのあり方を示す言葉で、贈呈式は幕を開けた。

 また、後援者の挨拶に立った豊島区の高野之夫区長は、池袋で古書店を営んでいた自身の経歴と、池袋に居を構えた江戸川乱歩への思いを述べた。区長立候補時、乱歩の記念館を作ることを公約に掲げていたが財政難のため断念。今は立教大学が旧江戸川乱歩邸を保存しているが、こうした思い入れからも、「伝統ある江戸川乱歩賞の贈呈式を、このとしま文化の日にご一緒できることは大変感無量」と語った。

選考委員・貫井徳郎氏
選評を述べる、江戸川乱歩賞の選考委員・貫井徳郎氏
写真:森清

壇上で引き出された、乱歩賞受賞作家の生の声

 第67回の江戸川乱歩賞受賞作である、伏尾美紀氏の「北緯43度のコールドケース」と桃野雑派氏の「老虎残夢」を紹介する映像に続き、賞の贈呈と選考委員の貫井徳郎氏による選評、そして受賞者から挨拶が述べられた。長年ミステリ小説家を志していたものの、最初の作品を書き上げられないまま年月が過ぎたという伏尾氏は、「できればもう10年早くデビューできたらという思いはあるんですけれども、今回の受賞作に関しては、今この時でしか書けなかった。タイミングとしてはこの歳になってからでよかったのかなと思っております」と語り、今後も精力的に作品を世に出していきたいと意気込んだ。

 桃野氏は、受賞の知らせを聞いたときの率直な思いは「まあ、えらいことになったな」だったと振り返る。作家になると決めたのは約5年前。「プライベートや仕事でいろいろあって落ち込んでいたんですけれども、そのときに甥っ子が生まれるというのを知って。甥っ子に恥ずかしくない人間になりたいと思って、乱歩賞を目指しました」と語った。両氏ともに挨拶の後、笠井アナウンサーからの質問に答えるやりとりの中で、こんな言葉も。「(選評で語られたとおり)大変、小説が下手なので(笑)。編集の方からのアドバイスがないと、暴走してしまいそうになるときもありますので、今後は担当の方と二人三脚でよりよい作品を生み出していけたらなと思っています」(伏尾氏)、「(桃野雑派というペンネームについて)フランク・ザッパっていうミュージシャンがすごい好きでそこからとったんですけど、本音を言うと、ペンネームを考えるのが面倒くさかった(笑)」(桃野氏)。クローズドな式典の挨拶では聞くことができない、受賞作家の人柄がわかる生の声が引き出されていた。

 乱歩賞に続き、コロナ禍で延期になっていた第74回日本推理作家協会賞の贈呈式が行われた。長編および連作短編集部門を受賞した『インビジブル』の坂上泉氏と『蝉かえる』の櫻田智也氏、また短編部門を受賞した『#拡散希望』の結城真一郎氏、そして評論・研究部門の受賞作『真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅠ フェアプレイの文学』『真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅡ 悪人たちの肖像』の真田啓介氏に、賞が贈呈された。1991年生まれで会社員をしながら執筆する結城真一郎氏から、1956年生まれの探偵小説研究科・真田啓介氏まで、年代も経歴も幅広い受賞者たちが、それぞれ個性的な言葉で喜びを伝える姿が印象的だった。

綾辻行人氏

辻村深月氏
トークイベントに登場した綾辻行人氏、辻村深月氏
写真:林佳多

読者を楽しませるという文学の原点に立ち返った贈呈式

 贈呈式終了後は、京極氏、綾辻行人氏、貫井徳郎氏、辻村深月氏という、乱歩賞選考委員経験者である作家たちが「江戸川乱歩賞選考の裏側」をテーマに語り合うトークイベントが行われた。冒頭には、江戸川乱歩の孫である平井憲太郎氏がゲストに登場して、江戸川乱歩の歩みや西池袋の乱歩邸について語る一幕も。選考会で綾辻氏が落ち込んだというエピソードや、辻村氏が経験した「受賞作なし」という苦渋の決断に至る経緯など、乱歩賞の選考会の思い出が、笑いを交えて語られた。作家たちの言葉から伝わったのは、江戸川乱歩賞は歴史ある賞ではあるが、新人にとっても読者にとっても、決して敷居の高い文学賞ではないということ。今後の応募作には、ミステリの型や傾向にとらわれない作品を求めているという京極氏の言葉も印象的だった。

 読者は知りえない選考秘話が作家自身から語られた貴重なイベントのほか、オープニング映像、『テスカトリポカ』で直木賞を受賞した作家・佐藤究氏とジャーナリストの丸山ゴンザレス氏が西池袋の旧江戸川乱歩邸をレポートする映像など、来場者を楽しませるコンテンツが充実していた今回の贈呈式。ミステリファンだけでなく、読書経験の浅い来場者をもミステリ小説へと惹きつける仕掛けに満ちていた。

 選考委員によって発表された選評も、観客を前に、一般の読者にも伝わりやすいかみ砕いた表現が意識されているようだった。受賞作家の言葉から伝わる彼らの個性も、贈呈式を観る読者に安心感や親近感を抱かせた。リラックスしたムードの中で、客席からは時折笑いも起こった贈呈式。乱歩賞を支えるベテラン作家たちの息の合ったやりとりも楽しく、ニュース記事だけでは伝わらないミステリ文学界の魅力に触れられる場所だった。「ミステリとエンターテインメント出版文化の発展と普及」という日本推理作家協会の使命、そして「読者に読まれて小説は初めて完成する」という京極氏の言葉に象徴される文学の原点に返ったような、意義あるイベントだった。

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