三上博史が「これこそ男の生き方」と触発された本とは?

芸能

公開日:2012/10/10

 「夢を信じて少年が旅をする、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』と併読していたのですが、ストーリーもジャンルもまったく違う本なのに、僕には同じものに見えたんですよ」

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 三上博史さんが選んだ一冊は、江戸天明期を舞台にした飯島和一の『始祖鳥記』。空前の災厄続きに暗然とする人々の前に現れたのは鳥人・幸吉。空飛ぶことにすべてを賭けたその生き様に、庶民は拍手喝采、奮い立ち、腐り切った公儀の悪政に立ち向かっていく痛快時代小説だ。

 「なんだろう、この共通する爽快感は! と考えを巡らせ、見えてきたキーワードは“さすらい”。10代の頃からヘッセに憧れ、新聞配達をしては旅に出ていました。20代に入ってからはどんどん外国にも行った。でも、年齢を重ねるうちに“こんなにふらふらと気ままに生きてていいんだろうか”と、守りの境地に入ってきてしまって……」

 “そろそろ身を固めろよ、家を買えよ”と周りに諭されると、反論するでもなく、ポカンとし、己れの夢だけを追う幸吉。その様子に“すごいな、天然だな”と気持ち良く笑い、同時にこれこそ男の生き方と触発されて自分のテーマも見出したという。
「若い頃は怖いもの知らずだったけれど、年齢が上がると怖いものが増えてくる。でも僕は、自分が芯に持っている美学やフィロソフィーじゃないと壊せない、その怖さの壁を壊したくなってきた。覚悟ある大人の放浪。それが僕にとって、これからの人生を満たしていくものじゃないか、と感じました」

 その彷徨の旅で、三上さんがまず立ち寄ったのは、東野圭吾の“笑”シリーズのドラマ化作品『誘拐電話網』。なんと、人生初のコメディ主演作だ。

 「正直、怖かったです(笑)。これまで築きあげてきた役者としてのキャリアはベストだと思っているし、自分に向いている役も突きつめてきた。でも今はどれだけ観てくださる方に楽しんでもらえるかということに主眼が移ってきたので、いろんなところに飛んでみようと。それにしても、本作はこれまでとはまったく違うすごい空でしたね(笑)」

 『誘拐電話網』は、子供のいない蕎麦屋の夫婦に“子供を誘拐した”と身代金要求の電話がかかってくるところから始まるブラックコメディ。妻を演じるミムラさんとの息の合った掛け合い、そしてさまざまに変化する表情や身のこなし、その絶妙な間合いに、俳優・三上博史の新たな境地が見えてくる。

 「根が真面目なので、一生懸命やりすぎたかもしれません(笑)。おもしろいと思っていただけたら何より嬉しい。緊張感を外して、ストーリーにするっと入って、笑っていただければ」

三上博史さんが選んだ1冊
始祖鳥記』 飯嶋和一 小学館文庫 730円
空前の災厄続きに人心が打ちひしがれた江戸天明期、空飛ぶことにすべてを賭けた表具師・幸吉。鵺のごとく飛ぶその姿を悪政への抗議と思い込み、喝采を浴びせる民衆、戒めようとするお上。そして幸吉は流浪の身に。だが鳥人の噂は日本中に流れ、人々を奮い立たせていく。綿密な時代考証をもとに描いた歴史長編。

取材・文=河村道子
(ダ・ヴィンチ11月号「あの人と本の話」より)