『テルマエ・ロマエ』作者の新作はほんのりBL風味?

マンガ

公開日:2012/10/12

 アニメに映画化までされ、大ブームを巻き起こした『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)。幼い頃からミッションスクールに通い、17歳の頃からイタリアに渡って美術史や油絵を学びながら生活していた作者のヤマザキマリは、イタリアと日本、どちらの影響も同じくらい強く受けているからこそ、こんなふうに普通の日本人では描けない作品を次々と手がけてきた。

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 そんな彼女の新作『ジャコモ・フォスカリ』(集英社クリエイティブ)は、またしてもイタリア人の男性が主人公だ。しかし、『テルマエ・ロマエ』とは打って変わってギャグ要素はほとんどない。1960年代の日本を舞台にしたというこの作品では、ヤマザキマリが尊敬する三島由紀夫や安部公房を彷彿させる人物たちが登場して物語を彩る。まるで文学作品のような雰囲気を醸し出すこの作品だが、なんとうっすらBL風味なのだ。

 主人公のジャコモ・フォスカリは大学で西洋史を教えるため、日本を訪れる。そして、お気に入りの音楽喫茶パルマで働く古賀秀助という美しい青年にひと目で心奪われてしまうのだ。旅先で出会った男性に魅せられるなんて、まさに『ヴェニスに死す』のよう。

 しかし、ジャコモが古賀に心惹かれたのには理由があった。彼は幼い頃、毎日裸足で駆け回って、泥棒や喧嘩をしている使用人の息子・アンドレアに心惹かれていた。古賀はそのアンドレアにそっくりだったのだ。単なる憧れか、それとも恋心か。ジャコモがアンドレアに抱いていた気持ちははっきりとはわからないが、そんな幼い頃の記憶と気持ちを抱えたまま、それから何十年も経って巡り会った古賀の姿に惹きつけられないはずがなかった。

 何十年経ってもアンドレアのことを忘れられなかったジャコモは、陽気で女性をナンパするのが礼儀だと思っているような、よくあるイタリア人男性象とは全く異なっている。古賀のことが気になって仕方がないくせに、彼の名前も聞けないまま2年もこの喫茶店に通い続けるなんて、いい年した大人なのに純情すぎるだろう。腐女子なら、そんなジャコモに萌えないはずがない。さらに自分が古賀に惹かれていることを自覚していないのに、知り合いの岸場義夫が初対面であっさりと彼の名前を聞いたことに嫉妬したり、岸場が「美少女」と言っても反応しなかったくせに「古賀君のコレかな…?」という一言で古賀を訪ねて喫茶店にやって来た女性をパッと振り向いたりする。古賀と美少女が言い争っているのを見てガールフレンドだろうかとやきもきして、大好きでいつもリクエストしていたマリア・カラスの「トスカ」も耳に入ってこないほど気になってしまうのだ。

 一方の古賀もジャコモの思いを知ってか知らずか、酔っ払って行き倒れているジャコモを家まで運んであげたり、彼が落とした万年筆を大事に持っていたりする。ただのお客にここまでするだろうか?

 ガッツリとしたBLではないが、互いに気になる存在。それが恋心か単なる興味なのか、憧れか思い出と重ねているだけなのかはわからないが、その微妙な揺れ動きがたまらない。あくまでも雰囲気、匂いを漂わせているだけだからこそ想像は膨らみ、その先が気になって仕方がないのだ。禁断の愛が交錯する物語にはどんな結末が待っているのか。まだまだ先は読めないが、とにかく一度読んでいただきたい。