ノーベル賞の山中教授が告白! iPS細胞はがん細胞と紙一重

科学

公開日:2012/10/13

 山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞で一躍注目を集めることになったiPS細胞。髪の毛一本からその人のさまざまな臓器や組織をつくりだすことのできるこの画期的な発明は、難病の治療や臓器、細胞の再生医療に革命を起こすと大きな期待をかけられているが、一方で、早い時期から指摘されていたのが、「がん化」の問題だ。

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 iPS細胞でつくった臓器は増殖が止まらなくなってがんになる恐れがあり、実際、マウスを使った実験では体組織に育つ過程でがんになるケースが多数見つかっている。

 しかも、この「がん化」は単にリスクがあるというレベルの話ではない。iPS細胞はそもそも、その成り立ち、基本構造自体ががん細胞と紙一重だというのだ。難病を治す技術として期待されるiPS細胞と人間を死に追いやるがん細胞が紙一重というのは信じがたい話だが、この衝撃的な事実は、他でもない開発者である山中教授自身が語っていることだ。

 2009年11月に放映されたNHKスペシャル『立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む』。この番組はジャーナリストの立花隆が自らがんを患ったことをきっかけに、がん治療の最前線に迫ったドキュメントだが、立花は途中からどんな治療に対してもすぐに抵抗力を持ってしまうがん細胞の特性に着目し、「がん細胞こそが、生命の進化のかぎを握っているのではないか」という根源的な問題に目を向け始める。そして、iPS細胞の開発に世界で初めて成功して間もない山中教授に、iPS細胞と進化の関係をテーマにインタビューを試みるのだが、立花の問題提起に山中教授はこんなふうに答えているのだ。

 「iPS細胞作る過程でも、やはりがんが起こる過程、プロセスと本当に重複している。よく似ている、本当に紙一重、強く感じていますから。だから両極端の細胞のように思われるんですが、実際は本当によく似ている。同じものの表と裏をみているんじゃないかと思えるくらいですから」

 そして、人間にイモリのような再生能力が与えられていないことについても、こんな推論も披露している。

 「結局再生能力というのは、がんになるのと紙一重だと思うんです。だから高い再生能力を持っているということは、その生物の足が切れたら確かに足が生えてくるかもしれないが、同時にがんがすごくできやすいということなんじゃないかと。だからどっちを取るかという究極の選択を、進化ががんのほうがだめだと。足がなくても生きられるかもしれないけれど、がんができたら間違いなく死んでしまう。人間のように50年も生きるようになってしまったと。十数歳まで生きないと、次の世代に子どもを残せないと。だから十何年間生きなければあかんようになってしまったわけですね。その間にがんが起こったら、もう絶えてしまうわけじゃないですか。だからその十何年間がんを起こさない必要があって、そのために涙をのんで再生能力を犠牲にしたのではないかなと。僕はすごく一人で納得して思っているんです」

 要するに、山中教授は再生能力付与を目的にiPS細胞を開発しながら、その再生能力そのものががんを引き起こすと言っているのだ。

 この山中教授の言葉を受けて、立花は当時、ほんど敗北宣言と言っていいような、こんな宿命論を口にしている。
「つまり生命が長い進化を続けて、生命の歴史には最初多細胞の生物になって、多細胞の生物が自己の再生産をするというその繰り返しが、生命の歴史そのもので、その延長上に我々はいるんですが、その仕掛けそれ自体ががんを生んだということなんですね。その歴史があるからこそ、我々はがんにある意味でとらわれざるを得ないみたいな、そういう宿命を負っているんだなという、そういうことをここで感じました」

 だが、当の山中教授はまったくあきらめてはいなかった。この後、さらに研究を重ね、がん遺伝子を使わない作成法、プラスミドを使った細胞への組み込み、低品質iPS細胞発見法など、がん化のリスクを低減させる方法を次々と確立。iPS細胞が難病治療に用いられる未来は決して夢物語ではなくなった。

 そしてノーベル賞受賞。おそらく、これを契機に、実用化へ向けた動きはますます加速化していくだろう。

 だが、実用化がいくら進んだとしても、iPS細胞が人類の進化、生命の起源と深く関わっていることに変わりはない。山中教授が登場する先のNHKスペシャルは『がん 生と死の謎に挑む』(立花 隆、NHKスペシャル取材班/文藝春秋)という番組のDVD付き書籍として発売されている。ぜひ、哲学にも通じる刺激的な思索の旅を堪能していただきたい。