『大奥』よしながふみ、フード作家としての魅力

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/26

 マンガに出てくるお菓子を作るのではなく、そのマンガのイメージをお菓子で表現する、という独自の手法で大きな話題を呼んだ、福田里香の『まんがキッチン』。現在はウェブにて続編「まんがキッチンおかわり」を連載中だ。

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 『ダ・ヴィンチ』11月号のよしながふみ特集で福田さんが題材として選んだのは『きのう何食べた?』。料理上手な弁護士(趣味・倹約)・シロさんと、美容師・ケンジという40代のゲイカップルの日々とごはんを描く“食マンガ”だ。その作品からイメージされるお菓子“ひとつ瓶の中、あんことチョコのスプレッド”をレシピつきで紹介するとともに、よしながふみと“食”のつながり、『きのう何食べた?』の本質などを読み解いた原稿を寄せている。

 「人生に“みちすじ”があるように、物語に“あらすじ”があり、そしてある種のまんが家には“あじすじ”とでも呼びたいある種の系譜がある。それは料理まんがでもないのになぜか気が付くと作品にフードを描いてしまう作家だ。彼らはフードの周辺を描くことで、登場人物の性格や感情を精密に表現する天賦の才を持つフード作家なのだ」

 「『何食べ』をBLまんがにカテゴライズするひともいるが、わたしにはそうは読めない。これは、今どき大家族、バイト先の後輩と恋愛中、30歳を過ぎて婚活中、離婚して3度目の再婚、シングルで働きながら子育て、結婚7年目で不倫中といったプロフィールと同様に、ふと知り合った二人が恋人となり同居中という市井の人々の話として語られていて、それがたまたまセクシャリティがゲイだったという順列だ。敢えてシロさんとケンジの恋愛をさらっと流し、すでに同居してそれなりに落ち着いた男夫婦として描いているのもこのためだと思う。物語の主軸は恋愛ではなく、これは新しい家族の在り方を穏やかな方法で模索する話だ。だから関係性の象徴とも取れる“献立”が大切なのだ。

 『何食べ』の1巻冒頭は、筧が勤める弁護士事務所の若先生が所員全員に向って「ねえねえ昨日の夕飯何食べた?」と問う台詞ではじまる。この一言だけで、事務所のメンバー4人は所帯が別々なのだと読者は知る。では、主人公の筧が食卓を共にしたのは誰なのか?

 昨日の夕飯の献立を知るのは、一緒に食べたひとだけだと、改めてはっとさせられる。例えば食後に「じゃあ、あした何食べる?」と明日の約束を切り出すのは、関係が落ち着いていないと絶対にできない行為だ。平凡無事が、じつは奇跡だと気づかされる。『きのう何食べた?』というタイトルが暗示するものは、明日の献立に続いていく日々だ。それは何にも替えがたい幸福なのだと『何食べ』はわたしたちに教えてくれる」

 特集ではほかにも、読者が実際に再現した『きのう何食べた?』の献立写真や、マンガに登場する料理を驚くべき精度で再現する人気ブログ「マンガ食堂」の主宰者にインタビューを行うなど、同作をはじめとするよしながふみの魅力に迫っている。

ダ・ヴィンチ11月号特集「よしながふみ 愛がなければ…」より)
取材・文=松井美緒