親が認知症になったら……話題のコミックエッセイ“ペコロスの母”

コミックエッセイ

更新日:2019/4/30

 65歳以上の高齢者が増加し続けている日本において、認知症はとても身近な話題。もの忘れが激しくなったり、精神的に不安定になるケースも多いため、近年では介護をする側の“心のケア”の重要性も指摘されるようになってきた。そんななか、認知症介護をめぐる、ある1冊のマンガが注目を集めている。

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 『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)は、著者である62歳のマンガ家・岡野雄一が、認知症を患った89歳の母・みつえさんとの交流を描いたコミックエッセイ。タイトルの“ペコロス(小たまねぎ)”というのは岡野のニックネームで、母譲りの小柄な体型と禿げ上がった頭が由来だそう。作中でも、気持ちが不安定になり、悪態をついたり叫びだしたりする母に、ペコロスが帽子を取ってパッとツルツル頭を見せれば、「あいやー また立派にハゲてェ」とニッコリ。「ハゲてて良かった、とシミジミ思った」と綴られている。

 絵のかわいらしさはもちろん、母とペコロスのやりとりに“笑い”を織り交ぜ、軽妙に進んでいくストーリー。ときにはペコロスが息子であることを忘れたり、ひとり言にふけったりするなど、家族としては心配や不安がこみ上げる瞬間も、著者はやさしく、絵で包み込んでいく。

 さらに著者は、過去と現在を行き来し、ずれた時間軸のなかに生きる母の姿も活写。酒に溺れる夫に苦労した若かりし頃や、兄弟の子守りに明け暮れた少女時代、戦争で亡くした姉の思い出など、“母がこれまで歩んできた道”を、生まれ育った長崎の美しい景色と織り交ぜながら描いていくのだ。母が、そしてすでに先立った父が、どのように生きてきたのか。それを精一杯想像して、1コマ1コマを丹念に描いていく著者の視線の温かさに、強く胸を打たれるはずだ。

 ともに積み上げてきた記憶を、大事な人が失くしてしまう。認知症の介護は、切なさややりきれなさの連続だ。しかし、著者は「もう、何もかんも忘れてしもて良かろー?」と訴えているように思える母の目をじっと見つめ、「良かさ! 生きてさえおれば 何ば忘れても良かさ!」と描く。――介護のただ中にある人に限らず、多くの人からこの本が支持されるのは、人が人を受け入れる、その姿を自然に描いているからではないだろうか。

 長崎のタウン誌にひっそりと連載され、最初は自費出版で発売された本書。それが話題を呼び、読んだ人たちの応援や口コミが広がり、来年には映画化されることも決定。その輪はSNSを中心にさらに大きくなっている。“今年いちばんの感動作”を、ぜひ手に取って確かめてほしい。