ほんらぶインタビュー あの人のトクベツな3冊 冲方 丁さん

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2012/11/6

冲方 丁が選ぶトクベツな3冊とは?

人気作家に「トクベツな」本をうかがう短期連載、第2回は、本屋大賞や吉川英治文学新人賞などを受賞した『天地明察』が映画化され大ヒット公開中の冲方 丁さん。根源的な影響を与えてくれた3冊を紹介していただいた。

冲方 丁
うぶかた・とう●1977年、岐阜県生まれ。96年、『黒い季節』でスニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。ゲーム、マンガ、アニメの分野でも活動開始後、2003年に『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を受賞。初の時代小説『天地明察』で本屋大賞を含む5冠を達成。最新刊は『光圀伝』。

 初挑戦の時代小説『天地明察』では、江戸期の知られざる偉人・渋川春海が生涯をかけた改暦事業をいきいきと活写。最新長編『光圀伝』では、誰もが知る「水戸黄門」こと水戸光圀を、今だからこそ求められ学ぶべき価値のある、まったく新しいヒーロー像に更新してみせた。

 1977年生まれ、現在35歳の小説家、冲方 丁。その大胆不敵、気宇壮大な想像力は、やはり本によって育まれていた。
「今までもっとも僕に影響を与えた本、あるいは、今後も影響を与え続けるであろう本を3冊、選ばせていただきました」
 そう言って手にした1冊目の本は、なんと『デイリーコンサイス英和・和英辞典』。幼少期から読み続けている、一番の「愛読書」だという。
「12歳から14歳くらいまでの間、父の仕事の関係でネパールに住んでいました。現地のアメリカン・スクールに通うことになったんですが、英語がしゃべれなければクラスメイトとコミュニケーションすることもできないし、売店で飲食物を手に入れることすらできない。当時の僕にとってこの辞書はまさにライフライン、命綱でしたね」
 日本での生活が始まっても、今でも、ときおり辞書を開き、「引く」というよりは「読む」のだという。
「単純に、趣味ですね。娯楽です。どうしても辞書って、勉強の苦痛の記憶がこびりついているんでしょうけれども、面白いんですよ。ぱらっとめくったページを端から端まで読んでいけば必ず、『この言葉、知らなかった』『この言葉、かっこいい』となるものが見つかるし、テンションも上がる(笑)。実益を兼ねている部分もあるのかなぁ。今、日本語と英語の言語同士のコミュニケーションは、過去に例をみないくらい密接ですよね。辞書があるからこそ、文化を異にする人たちにも、自分たちの文化を伝えられるわけじゃないですか。そういう言葉の連なりというか、人間の持つ言語的本能に、僕は惹かれているんだと思います。辞書を開くたびに、自分の言語的本能がくすぐられる感覚もあるんですよ」
 将来は作家になりたい、日本語を扱う職業に就きたい。冲方少年の初期衝動を焚き付けるのに、この辞書が一役担っていたのは間違いない。

答えではなくヒントを。問いかけを与えてくれる本を。

 作家の道を歩み出したのは、新人賞デビューを果たした大学在学中の19歳の時だった。その後は小説にとどまらず、マンガ原作、ゲームシナリオ、アニメのシリーズ構成など、「物語」を必須とするあらゆる表現ジャンルで創作活動を繰り広げることになる。その最初期に出会っていたのが、神話学の世界的権威として知られた、ジョーゼフ・キャンベルの対談集『神話の力』。一目惚れだったと言う。
「教科書になる本を求めていたんですよね。目先の困難を解決するためではなく、自分自身の将来を強く意識させてくれるような教科書を求めていた。そんな時に、池袋の書店の、エスカレーターを上がってすぐの平台に、ハードカバー版のこの本がどんと置いてあって、『あ、これだ!』と。きらきらーっと、この本だけが光っていたんですよ。それ以来読み続けていますから、もうかれこれ十数年。うちの奥さんより、付き合い古いです(笑)」
 本書はジャーナリストのビル・モイヤーズが、キャンベルにインタビューする形式で進んでいく。その過程で、現代にあふれるさまざまな「物語」の原型である、古今東西の「神話」の知識が召還される。キャンベルという語り部による、一種の神話アンソロジーとしても魅力的な一冊だ。
「キャンベルさんの本をジョージ・ルーカスが読んで、『スター・ウォーズ』シリーズの参考にしたというのは有名な話です。今後、日本産のエンターテインメントが国際化されていくためにも、僕らはもっと神話を学ぶ必要があると思う」
 100回は読んでいますね、と「教科書」への愛を語る。
「物語とはいったい何か? 現代人はどういう物語を求めているか? そもそも物語を求める行為とは何か? この本は、はっきりした答えは何も教えてくれないんですよ。そのかわり、問いかけがたくさん詰まっている。読むたびに発見がありますね。実は最近、15年以上小説を書き続けてきて、僕なりに実感したことがあります。物語に共感できるのは、その人の中に、その人ならではの物語があるからなんですよ。では物語と物語が出会うことによって何が生まれるかというと、新しい可能性が生まれる。人は、新しい自分になる可能性と巡り会うために、物語を欲するんだと思うんです」

『神話の力』との出会いから、約10年。新たな指針となる、巨大な本との出会いが訪れた。ハーバード大学教授のマイケル・サンデルが執筆、日本でもベストセラーになった哲学書『これからの「正義」の話をしよう』だ。古典から現代に到る西洋政治哲学を網羅しつつ、これまでと、これからの「正義」について平易な口調で思考する。サンデル教授の語り口に、何より魅了されたそうだ。
「過去の哲学者の思考を、具体的な、現代的なエピソードに翻訳しているんです。カントの哲学を、こんなに分かりやすく解説した本は初めてでした。しかも老若男女を問わず、読者に問いかけるような形で書かれている。『あなたの人生においていったい何が大事なのか?』と。この本もまた、決して答えは与えてくれないんですよ。自分の人生の選び方、社会との関わり方に対して、答えを与えないかわりに、ヒントを与えてくれる本なんです」
『神話の力』の後で、この本と出会い惹き付けられたのは、必然だったと冲方は考えている。
「『神話の力』は個人の至福、自分自身の人生を追い求める方法は何であるかを示唆しています。個人が社会に奉仕するんじゃなくて、社会が個人に奉仕するべき、という考え方を採っているんですよね。一方でサンデルさんの本は、社会と個人との関係について詳しく記述されています。『社会が個人に要求するものは何か?』と。個人がどのような道徳心を持つことで、社会がどのように良くなるのか、あるいは悪くなるのかを、具体的なシミュレーションを通じて読者に問いかけている。この2冊を読むことで、個人から社会へ、というストーリーが自分の中に生まれました。この2冊がもっとも、作家としての自分に力を与えてくれた本です」

 辞書を読むことで言語的本能を焚き付け、『神話の力』を読むことで物語が人に及ぼすパワーを知る。そして『これからの「正義」の話をしよう』を読むことで、自らが生み出そうとする物語と社会との接点を探る。この3冊のライン上に、これまでの、そしてこれからの冲方の創作物はある。その最新の成果が、自ら「最高傑作」と胸を張る『光圀伝』なのだ。
「今話しながら気づいたんですが、サンデルさんの本に出てくる有名な問いかけは、『1人を殺せば5人が助かる。あなたはその1人を殺すべきか?』。これって、晩年の光圀が抱くことになった難問そのものなんですよ。『光圀伝』は義の話です。自らの行いは不義か、大義すなわち正義か。光圀は物心ついた時から、老いてなおも悩み続ける。きっと『これからの「正義」の話をしよう』が無意識のうちにヒントになって、『光圀伝』を書き上げることができたんじゃないかな」

 これからも繰り返し、これらの3冊を読み続けると言う冲方。最後に、作家としての野望を聞いた。
「僕の本も、誰かにいい問いかけができていたらな、と。そして、いつか自分の本の中から、新しく辞書に掲載されるような言葉を生み出したい。MITSUKUNIをデイリーコンサイスに載せるというのが、今の野望です(笑)」

取材・文=吉田大助 写真=下林彩子

 

冲方 丁さんのトクベツな3冊

『デイリーコンサイス英和・和英辞典 第7版』

三省堂編修所:編/三省堂

英和・和英の辞書をコンパクトに合本。「携帯版の中で群を抜く見やすさ/英和・和英あわせて16万3000項目収録/学習にも、オフィスにも海外旅行にも最適/いつも手もとに置きたい心強い味方/2色刷」(出版社ホームページ紹介文より)。最新第7版は2009年刊行。

『神話の力』

ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ:著、飛田茂雄:訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫

世界中の民族が持つ神話を集め、体系化してみせた、神話学の第一人者にして巨星ジョーゼフ・キャンベル。米国を代表するジャーナリスト、ビル・モイヤーズがインタビュアーとなり、対話の中から巨星の思考をあぶり出す。文庫版解説は、冲方 丁が担当。

『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』

マイケル・サンデル:著、鬼澤 忍:訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫

ハーバード大学教授の著者が、古今東西の政治哲学を召還し、正義論的視野で再点検。人類史上で起こったさまざまな事件や事故の具体的エピソードを採り上げ、哲学を実学として捉え生きた経験としつつ、“これからの「正義」”の可能性を探る全10章。

『光圀伝』

冲方 丁/角川書店
誰もが知る「天下の副将軍」水戸黄門こと、水戸光圀。その知られざる生涯を、徹底的な資料読解力と、大胆な想像力で書き尽くした全750ページ。義とは何か。歴史とは何か──。読みやすくも、深い。

 

3 SPECIAL BOOKS」とは、Honya Clubがこの10月からスタートした「ほんらぶ」キャンペーンのスペシャルサイト。「トクベツな3冊」を通じて人と本がつながる、本好きのためのコミュニティだ。このサイトでも、角田光代さんの選んだ3冊&コメントを紹介中。ほかにも、野村萬斎さんや優木まおみさんなどさまざまな方がキュレーターとして登場し、想いのこもった「トクベツな3冊」を紹介している。もちろん一般ユーザーもそれぞれの「トクベツな」本を登録できる。新たなキュレーターも続々登場予定とのことで、「本、Love」な人は見逃せないサイトだ。みなさんもぜひ、「トクベツな本」を登録してみては?

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