おすし大好き/【吉澤嘉代子 エッセー連載】ルシファーの手紙 #4
鮨が好きだ。世界中の食べもので一番好きかもしれない。海から獲れた有難き一切れを、酢飯で握って一口で味わう瞬間。もし毎日同じものを食べなくてはいけないとして、私は鮨を選ぶだろう。
鮨好きと語りあうとき、訊きたいことが一つある。結婚するならどのネタか。この選択はかなり難しい。良いところだけではなく悪いところもひっくるめて契りを結ぶのが結婚だ。みんな大好き大トロはお金持ちだし人望もあるけれど、忙しくてなかなか家にいないだろう。エビは人当たりは良いけれどピョンピョンと跳ねて浮気するかもしれない。そんなふうに鮨についてあーでもないこーでもないと言う時間が楽しい。
斯くいう私はカワハギの肝のせを推したい。クセが無く上品な人柄。さっぱりした身の割に肝が据わっている。小葱や紅葉おろしなど薬味まで用意していて気配りがある。カワハギの肝のせとなら、病める時も健やかなる時も添い遂げられる気がする。滅多に出会えないのだけが残念ではあるが。
「そら、もひとつ、いいかね」 母親は、また手品師のように、手をうら返しにして見せた後、飯を握り、蠅帳から具の一片れを取りだして押しつ…