立場や時代に翻弄されてもしなやかに生きる人々の、輝ける魂を描き出す──佐藤亜紀最新作『喜べ、幸いなる魂よ』
『喜べ、幸いなる魂よ』(佐藤亜紀/KADOKAWA)
世界が感染症の流行に振り回されて、もう2年ほどになる。仕事で会議をしたくても、友人と食事をしに出かけたくても、なかなかままならない状況だ。ふとそんな日々に疲れていることを自覚したときに、手に取ってほしい書籍がある。『喜べ、幸いなる魂よ』(佐藤亜紀/KADOKAWA)という作品だ。
舞台は18世紀ベルギー、主人公のヤン・デ・ブルークは、亜麻糸商だった亡き父の相棒ファン・デール氏に引き取られ、フランドル地方の小都市シント・ヨリスに移り住んだ。ファン・デール氏には、恐ろしく頭のいい子供がいた──未晒しの亜麻糸のような髪をお下げにした少女、ヤネケだ。彼女の知的好奇心は、数学、生物学、経済学など多岐にわたって発揮され、血液循環の確認のために指のつけ根を糸で縛り上げるなど、みずからの身体を使った実験をするまでに至った。
彼女の視線は目の前の兎に向けられている。(中略) エデンの園で、とヤネケは言い始める。「兎は交尾をしなかったのかな」 「したんじゃないの。増えろって言われていたんだから」 「だったら、ア…