“空白の2年”に寄せていた心の波 そこから生まれた人と医療の物語『鹿の王 水底の橋』上橋菜穂子インタビュー
「最初に浮かんできたのはね、冒頭の場面なんです。開け放した施療院の戸からは、気持ちよい春の風が、満開のシュダの花の香りを運んできているのに、そこにいるホッサルは、なぜかカリカリしているんです(笑)」
上橋菜穂子 うえはし・なほこ●東京都生まれ。作家、文化人類学者。1989年『精霊の木』でデビュー。2014年“児童文学のノーベル賞”と称される国際アンデルセン賞《作家賞》を受賞。15年『鹿の王』で第12回本屋大賞第1位、第4回日本医療小説大賞を受賞。今年、作家生活30周年を迎える。現在、『鹿の王』のアニメ化企画が進行中。 巨大帝国・東乎瑠が他国への侵略を繰り返すなか、突如発生したウィルス─『鹿の王』で描かれた黒狼熱大流行の危機が去り、その治療に奔走したオタワルの天才医術師・ホッサルのそんな姿が見えてきたのは、自身の“空白の2年”のなかで寄せては返していた「心の波が連れてきたものではないか」という。
「『鹿の王』を書き終えた少し後、母が肺がんに罹っていることがわかりました。そこから2年間、私は母の看病と父の介護に没頭することになったのです…