沢木耕太郎が「はじめての旅」で経験した「親切」とは?――最新刊『飛び立つ季節 旅のつばくろ』からエッセイを特別公開!
「旅のバイブル」の名をほしいままにしている不朽の名作『深夜特急』(新潮文庫)。その著者、沢木耕太郎氏が北へ南へ、この国を気の向くままに歩き続けた「国内旅エッセイ集」、『飛び立つ季節 旅のつばくろ』(新潮社)の中から、極上のエッセイを一篇お送りします!
『飛び立つ季節 旅のつばくろ』(沢木耕太郎/新潮社)
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旅のリンゴ
旅先で出会う人には、「善い人」もいれば「悪い人」もいる。でも、どちらかといえば「善い人」の方が多いと思う。いや、もう少し大胆に言ってしまえば、私は「悪い人」にほとんど遭遇したことがない。そう、私は、旅における「性善説」の持ち主なのだ。
十六歳のときの東北一周旅行では、上野から乗った奥羽本線の夜行列車を秋田駅で降りた。
降りた私が、どのような行動をとったのかは覚えていない。いずれにしてもどこかで朝食をとったと思われるが、駅によくあるような立ち食いそば屋に入ったのか、売店で菓子パンでも買って食べたのか。
わかっているのは、その朝、秋田駅から男鹿半島の寒風山に向かったということだけだ。
しかし、情けないことに、何という名の駅…