爆弾魔が人間の本性に火をつける! 内に秘めた悪意を炙り出すノンストップ・ミステリー『爆弾』

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/2

爆弾
爆弾』(呉勝浩/講談社)

 果たして、「自分の中に“爆弾魔”はいない」と言い切れるだろうか。内に潜んだ本性を、スズキタゴサクがずるりと引きずり出してくる。

 前々作『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞と第73回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞し、『スワン』と前作『おれたちの歌をうたえ』が直木三十五賞候補にノミネートされた、小説家・呉勝浩さん。その新作『爆弾』(講談社)で描かれるのは、冴えない中年男スズキタゴサクが引き起こす無差別爆破テロだ。

 ある夜、傷害事件でスズキタゴサクと名乗る男が捕まった。間抜けな顔つき、金のなさそうな風体、卑屈な物言い。酔っ払いが暴れただけのありふれた事件だと、その場にいた誰もが考えていた。だが、取り調べのさなか、スズキは「十時に秋葉原で爆発がある」と予言。当初は警察も本気にしていなかったが、スズキの言葉どおりに爆発が発生したため、空気は一変する。さらに、スズキは「ここから三度、次は一時間後に爆発します」と新たな予言を重ね、クイズ形式で爆弾のありかを示唆し、警察に頭脳戦を挑んでくる。この男は一体何者なのか。警察は、タイムリミットまでに爆発を食い止められるのか。

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 へらへらと笑い、底知れぬ不気味さをたたえたスズキタゴサク。物語は、彼を取り調べる刑事、捜査に関わる警察官など、主に警察側の視点で進んでいく群像劇のスタイルになっている。取調室のスズキは、クイズに交えて刑事に以下のような持論を語りはじめる。

「出来損ないは、それ相応の人生を歩むべき」
「命は平等って、ほんとうですか?」
「仲間じゃない命は、摘み取ってもいいんです。悪じゃない」
「自分勝手こそ、人間の真実」

 彼の言い分は、到底受け入れられるものではない。短絡的な思考を、雑な手つきで突きつけているだけ。そうわかっていても、スズキの妄言は読者の心に揺さぶりをかけてくる。自分にはスズキのような思想がまったくないと言えるのか? 心の奥底に差別心や破壊願望が潜んではいないか? スズキによるテロ行為は、読者の導火線にも火をつけてくる。

 警察側の登場人物も、スズキに心を揺さぶられる。「心の形」を言い当てられて動揺する刑事、ゲームのように頭脳戦に挑む刑事など、多かれ少なかれスズキにペースを乱されていく。中でも印象的なのが、最初にスズキに対峙する等々力という刑事だ。理不尽な犯罪への憤り、被害者への憐れみ、人々の日常を守らねばという使命感、ある醜聞から数年前に職場を去った先輩刑事への複雑な思い。さまざまな感情が入り乱れ、等々力は悪意と正義の境界線上を危うく揺れる。そんな彼が、やがてたどりついた心境とは。等々力が出した答えは、スズキ的な思想がはびこる世の中において、ひとつの希望のように感じられた。

 自分の中にある不穏な欲望を、隠しきれない本性を、じわじわと炙り出す本書。この小説こそ、まさに爆弾そのものだ。失うもののない「無敵の人」による事件が起き、差別的な言動を恥じることもない人が増えた今こそ、読んでおきたい1冊だ。

文=野本由起

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