東京五輪から約20年後の日本が舞台。鬱屈とした時代に風穴を開ける! 森絵都氏が描く、圧倒のSFファンタジー

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/27

カザアナ
カザアナ』(森絵都/朝日新聞出版)

 コロナの流行が少しは落ち着いたが、それでも時代の閉塞感は消えない。どんどん世の中が悪い方向に転げ落ちていくような危機感を覚えながらも、何をどうすることもできず、ただ呆然としているという人も少なくないだろう。

 そんな時代の空気を吹き飛ばすかのような作品が、森絵都氏の『カザアナ』(朝日新聞出版)。平安時代と近未来の東京が時空を超えて掛け合わされる圧倒のSFファンタジーだ。息苦しい時代の中でもパワフルに活躍する登場人物たちの姿に、読めば読むほど、心が弾む。興奮とサプライズあふれた内容に、前向きな気持ちを取り戻すことができそうな物語だ。

 舞台は、東京五輪から約20年後の日本。観光産業に力を注ぐ政府は、古き良き日本の再生に躍起になっている。景勝特区という観光地を作り、外国人観光客を呼びこもうとする一方で、それにそぐわない存在は徹底的に排除。国民の国への忠誠度は数値化され、空には国民を見張る監視ドローンが飛んでいる。

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 そんなディストピアともいえる近未来の東京で暮らす入谷家の人々がこの物語の主人公だ。アイルランド人と日本人のミックスの亡き父親譲りの茶髪の女子中学生・入谷里宇は、不登校で引きこもりの弟・早久、フリーの記者の母親・由阿との3人暮らし。ある時、入谷家の自宅のある景勝地区がより厳しい規定を求められる観光地区へと格上げされることになり、自宅の庭を徹底的に手入れしなければならなくなった。規定を満たさなければ、自宅を追われてしまう状況の中、里宇が出会ったのは、株式会社カザアナという造園業者。彼らは、平安の昔、貴族たちが愛でたという異能の民・カザアナの末裔だった。

 石と会話する能力をもつ石読の岩瀬香瑠。天気を当てることができる空読の天野照良。虫を操る能力をもつ虫読の虹川すず…。異能の力というと、どうしても大それた力をイメージしてしまうだろうが、彼らの力はそれ単体だと、なんだか頼りない。

 たとえば、空読の照良は数日の天候が分かるというが、曇りの日には明らかに元気がないし、虫読のすずは、ハンミョウにコサックダンスをさせてみせるが、思わず「何その能力」とクスッと笑わされてしまう。異能の民が登場するからといって、彼らの存在だけが世の中の全ての問題を解決してくれるわけではない。

 だが、カザアナと入谷家の人々の出会いは確かに奇跡を巻き起こしていくのだ。里宇たちは、カザアナたちの力を引き立たせるようなアイデアで、人々を笑顔にし、しまいには、日本の危機にも立ち向かっていく。どんどんスケールが大きくなっていく展開に、あっと驚かされ、気づけば、ページを捲る手が止まらなくなってしまう。

 とにかく大胆な入谷家の人々が痛快だ。彼らはどんなに抑圧されても、のびのびしているように見える。そんな姿にどうしたって勇気づけられてしまう。彼らが暮らしている世界が、今の時代以上に鬱屈としているというのもタフな入谷家の人々に惹かれてしまう一因だろう。もしかしたら、数十年後、この物語で描かれたような監視社会が現実のものになってしまうかもしれない。そんなことを想像すると、思わずゾッとしてしまう。そして、そんな時代の中でもタフに活躍する里宇たちの活躍から目が離せなくなっている。

 この作品は、家族の成長・冒険物語としても、ディストピアな世界を描いた社会派の作品としても抜群に面白い。今、元気を失くしているすべての人におすすめ。エネルギーをもらえるいきいきとしたこのエンターテインメント作品をぜひあなたも体感してほしい。

文=アサトーミナミ

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