同級生からカルト商法に誘われた彼女は――? 世界中の読者を熱狂させる、村田沙耶香最新作『信仰』

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/22

信仰
信仰』(村田沙耶香/文藝春秋)

 新興宗教やマルチ商法に傾倒すると、だいたいの人から白い目で見られる。誰も勧誘せず、迷惑をかけることなく、自分のお金を使っているだけだとしても、騙されている馬鹿な人だとあきれられ、やめるように説得されるか、あるいは疎遠になってしまう。けれど、自分へのご褒美に買ったジュエリーや、デートで行くテーマパークに、流行りのスイーツ……どう考えてもコスパのよろしくないものに多額を費やすのと、いったい何が違うのだろう? 自分の気持ちを高揚させるため、幸せにつながると信じているもののためにお金を使うという意味では、同じであるはずなのに。作品集『信仰』(村田沙耶香/文藝春秋)の表題作は、私たちの信じているものの不確かさを突きつけてくる。

 好きな言葉は「原価いくら?」の永岡ミキは、大切な人たちを守るため、現実で“ちゃんと”幸せになるため、目に入る虚構をすべて指摘し続けた結果、友人も妹も彼女の元を去ってしまった。妹の「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」という言葉が頭から離れないミキは、新しい友人たちの前では「原価いくら?」を封印している。だが、マルチにハマる同級生は馬鹿にするのに、何百万もする高級食器を買う自分たちは“本物”を見る目がある、と本気で信じている友人たちのことが、やっぱり、理解できない。そんななか、同窓会で再会した男性からの「一緒にカルト宗教をつくろう」と誘ってきた彼の話を聞いてみようと思ったのは、自分の「現実」に対してゆらぎが生じていたから。そして、かつて本気で、浄水器を売ることでみんなが幸せになると信じていたというもう一人の同級生の力を借りれば、自分もみんなと同じ「信じる側」の人間になれるのではないかと思ったからだ。

「信仰」はイギリスのGranta Onlineの依頼に応じて書かれた短編で、同サイトに「Faith」というタイトルで翻訳掲載された。『信仰』には、アメリカ「Literary Hub」に掲載されたエッセイ「彼らの惑星へ帰っていくこと」、イギリス「マンチェスター インターナショナル フェスティバル」のために書き下ろされた小説「カルチャーショック」、ドイツ・フォルクヴァンク美術館の展覧会図録のために執筆された小説「最後の展覧会」も収録されている。

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 村田さんの『コンビニ人間』が海外でも高い評価を得て、日本文学が見直されるきっかけとなっているのは周知のことだが、その理由のひとつは、村田さんの小説が “正常”と“異常”の境界を、いとも簡単に溶かしてしまうからではないだろうか。そしてその境界線のなさこそが現実なのだという、残酷な真実を読者に突き付けてくるから。

 正しさを盲信するのは、危険だ。危険な行為だけれどある程度の規定がなければ、みんな、どこへ向かって、どんなふるまいをしていいのか、わからなくなってしまう。だから、これでいいんだ、と思い込む。世界を、自分の生きる現実を、少しでも優しく居心地のいい場所にするために、その思い込みを一つずつ増やして、ときにそこから外れた誰かを嘲笑ったりする。

 だからこそ生まれたはずの“多様性”という言葉すら危うさの一つかもしれないと村田さんは言う。読者や世界だけでなく、その言葉を使うことの心地よさに流されてしまいそうになる自分にも透徹した眼差しを向ける村田さんのエッセイも本書には収録されている。

 誰だって、世界は確かなものであるという幻想を信じていたい。その狂気に似た信仰の脆さをあばきながら、それを抱えて生きるしかない私たちを包み込む祈りに、本作は満ちている。

文=立花もも

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