行き当たりばったりで出会った景色の写真とユニークなエッセイに抱腹絶倒!“映えない”からこそ味があるショート紀行

暮らし

公開日:2022/6/25

沓が行く。
沓が行く。』(戌井昭人/左右社)

 世に出す写真は、加工してから発信することが当たり前になっている今、私たちは自然な日常の美しさや尊さを忘れかけているような気がする。

 そんなことを気づかせてくれるのが『沓が行く。』(左右社)。著者は劇作家、小説家と多彩な顔を持つ戌井昭人氏。本書は“映え”を一切気にせず撮影した写真を使ったショート紀行だ。

 青空に浮かび上がる風俗店の看板や海辺で出会ったビニール袋を被った人など、戌井氏は、行く先々で撮影した写真を、抱腹絶倒な文章を添えて紹介している。

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ツッコミどころ満載な「爆笑ショート紀行」

 私たちは風景を撮影する時、「いかに美しく撮るか」という想いでシャッターを切ることが多いだろう。だが、戌井氏は力まず、自然な風景を撮影する。そんな写真にはどこか味があり、その瞬間を心から楽しんでいたことが伝わってくる。

 例えば、澄んだ青空は、あえて視界に入ってきた看板と共に撮影。

沓が行く。

 健全とディープが混在した写真に添えられたショートストーリーだけでなく、「青空を見上げると、健康でありたいと思います」というユーモア溢れる文もたまらない。

 戌井節は、海外旅行時も炸裂。モロッコのカサブランカへ行った際には、水のタンクをこれでもかというほど乗せながら走る車を激写し、その光景が生まれた背景を独創的な視点で想像した。

沓が行く。

身軽なのはいいことかもしれないが、心配だから全部持っていくことにしたよ。重たいし、かさばるけれど、おれがおれであるということを見失わないためにもだ。

 こんな風に、思わずツッコミたくなるような光景や瞬間をとらえた写真と味のある文が本書にはたくさん載っているのだが、中でも個人的に印象的だったのが、床に散らばった大量の五円玉を写した写真。

沓が行く。

 なぜ、五円玉オンリーなのか。どうして、こんな風にばらまかれたのだろうと、様々な疑問がとめどなく湧いてきて、この写真が頭から離れなくなった。

 飾り立てないから余韻が感じられ、写真の背景が気になってしまう……。そんな魅力が、戌井氏の風景写真にはある。

「映えない人物写真」だから人生が透けて見える

 本書には風景だけでなく、人の写真も満載だ。被写体の人生が透けて見えるような気がするため、心と目が奪われてしまう。

 中でも衝撃的だったのが、小田原の海岸で出会ったという、頭にビニール袋を被った人。

沓が行く。

 どこか悲壮感漂う、その姿を目にすると、ここに至るまでに何があったのだろうと想像したくなるのと同時に、みんな今日を精一杯生きているんだなと、なんだか感慨深い気持ちにもなった。

 また、自然な表情の美しさを改めて感じさせてくれるのも本書の醍醐味と言えるだろう。特に、初代ガチャピンの牧口さんと俳優・原田芳雄さんの付き人だったという青六さんのツーショット写真は心に染みる。

沓が行く。

「おっさんの笑顔は、ちょっとだけ世の中を救うことがあります」という戌井氏の文が添えられたこの写真には、映えを気にしないからこそ写し出された、温かみがあるように思う。

 なお、戌井氏はSNS情報至上主義のようなところがある今の世の中に対し、こんなメッセージを寄せている。

わたしもコマーシャリズムに踊らされている一人なのですが、どうにかしてコマーシャリズムに踊らされたくないと心の底で願っています。なぜなら、もっと手探りで面白いことを探した方が楽しいですし、行き当たりばったりで、おおいに間違え、おおいにドジを踏むことこそ、生きることの醍醐味だと考えているからです。

 嫉妬や自慢など、あらゆる欲望が1枚の写真に渦巻いていることも多い今、私たちに必要なのは完璧ではない日常を楽しむ余裕を持つことなのかもしれない。

 本書には196作の爆笑ショート紀行に加え、戌井氏らしさが光る13作の書き下ろしエッセイなども収録されているので、そちらにも笑いながら、あなたも行き当たりばったりな日を記録してみてはいかがだろうか。

文=古川諭香

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