阿川佐和子最新作は、胸が熱くなる“女ともだちの物語”――存在感ゼロだった彼女が、誰よりも幸せになっていた!

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/9

ブータン、世界でいちばん幸せな女の子
ブータン、世界でいちばん幸せな女の子』(阿川佐和子/文藝春秋)

 幸せを決めるのは自分自身。置かれた状態をどう捉えるかは自分次第だ。大切なのはポジティブシンキング。前向きな心を忘れずにいれば、どんなことがあってもきっと明るく生きられる。

 阿川佐和子さんによる小説『ブータン、世界でいちばん幸せな女の子』(文藝春秋)を読んでいると、幸せとは何か、幸せに生きるとはどういうことかについて考えさせられる。この作品は、せつなさに胸が熱くなる、女ともだちの物語。さまざまな女性たちの人生が交錯する中で浮かび上がってくるのは、不思議な存在感を持つ女性「ブータン」の生き生きとした姿だ。

 作品冒頭に収められた「ブータンの歌」の主人公は、渡部万里子、42歳。伯父の介護のために通っている病院の玄関を出ようとした時、万里子のもとに「覚えてない? この顔」と、ある女性が嬉しそうに駆け寄ってきた。彼女の名は、丹野朋子。中学の同級生だというが、万里子が声をかけられても気づかなかったほど、影の薄い存在だった。ブタみたいにパンパンに太っていたために「ブータン」と呼ばれていた彼女は、今もそのあだ名を誇りに思っていると言う。世界には世界一幸せ度が高い国として知られる、ブータンという国がある。「だったら私は世界一幸せ度の高い人間になろうってね。人生の目標ができちゃったって感じ?」とブータンは明るく語るのだった。

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 ふたりは中学時代、特に仲が良かったわけではない。だが、病院のリハビリ室でトレーナーをしているという彼女は、空気が読めないのか、神経がよほど図太いのか、来週からのシフトを万里子が来る週末に変更すると言うし、万里子のことを仲良しグループのメンバーと同じように「ワタベ」と呼ぶ。万里子はそんなブータンをちょっぴり厄介に感じているし、読者だって最初は彼女のことを押し付けがましく感じるに違いない。だが、読み進めるうちに、万里子同様、ブータンの不思議な魅力にだんだんと惹きつけられてしまう。

 この物語では、女ともだちという存在の難しさについても描かれる。たとえば、万里子は、「女はいっときの悩みを共有できるともだちがいればじゅうぶん」だと感じていた。女がともだちを作る時の条件は、自分が置かれている境遇と似ているかどうか。今の悩みが共有できるかが大切だから、悩みの深さや種類にズレが生じ始めると、とたんにその友情は冷めてしまう。今も付き合いのある中学時代の仲良しグループのメンバーの間でも、結婚したかどうか、子どもがいるかどうかの違いで、それぞれに微妙な距離がある。そんなことを感じていた彼女だからこそ、突然目の前に現れたブータンは、異質な存在として目に映るのだろう。

 母との関係に悩む女子中学生。仕事も恋もうまくいかない家電売り場の派遣販売員。自宅でリハビリを受けている高齢女性。子どもができなかったことを消化しきれずにいるアラフォー女性。サークルに新しく女子部員が入ってきたことに喜ぶ女子大学生…。この物語では、章ごとに主人公を変え、ありとあらゆる角度からブータンの姿が描き出されていく。日常の些細なことを喜び、どんなことがあっても、常に前向き。人に尽くしたいという気持ちが旺盛で、いつだってキャッキャとはしゃいでいる。そんな彼女の天真爛漫さに気づけば胸を打たれている自分に気づく。

 人間って、世界にたった一人だけでも、自分のことを信じている人がいるだけで、前を向いて生きて行こうという気持になるものです。

 ページをめくりながら、ふと自分の学生時代を思い出す。そして、「今、あの子は何をしているのだろう」と同じクラスで過ごした人たちのことを思った。あの頃のたったひとつの出来事が今を支えていることは決して珍しいことではないだろう。読めば静かな感動が胸を満たす、懐かしい同窓会のようなこの物語で、あなたも、自分の学生時代を思い出してみてはいかがだろうか。いつだって幸せなブータンの姿から、私たちが学ぶべきことはたくさんあるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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