人々が覚めない眠りにつきつつある世界の中、星間を旅して文化を記憶・保存する少年の物語『星旅少年』

マンガ

公開日:2022/7/9

星旅少年
星旅少年』(坂月さかな/パイ インターナショナル)

 静かな夜を旅するようなSFファンタジーコミック『星旅少年』(坂月さかな/パイ インターナショナル)の1巻が発売になった。

 宇宙全体が眠りにつきつつある世界で、303と呼ばれる主人公が星々を旅し、そこに残された文化を記憶・保存していく物語だ。

 坂月さかな氏は「ある宇宙の旅の記憶」をテーマに、孤独で静謐な世界を優しい筆致で描く。なお本作と世界観を共有している既刊『坂月さかな作品集プラネタリウム・ゴースト・トラベル』(パイ インターナショナル)は、第25回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門「審査委員会推薦作品」に選出されている。

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Good Midnight 星が降る美しい夜が舞台の物語

星旅少年 03p

 ある宇宙、人間は眠りの木と呼ばれる「トビアスの木」によって「覚めない眠り」につきはじめていた。木のもつP-TOTという毒が体内に蓄積し、やがて許容量を超えると人間は眠りにつき、赤い実をつけた木に変化してしまうのだ。

 こうして住民の多くが眠り、トビアスの木が森になった星は「まどろみの星」と呼ばれた。

星旅少年 86p

 主人公・303はPGT社(プラネタリウム・ゴースト・トラベル社)の文化保存局所属・特別派遣員、通称星旅人(ほしたびびと)だ。星旅人は「まどろみの星」を訪ねて、そこで失われてしまうかもしれない文化を記録することや、珍しい物品を収集して保存するなどの業務を行っていた。303は会社の登録ナンバーで、本名は明かしていない。PGT社には彼とコンビを組む管制官の505、303を敵視する図書局の同僚や、まどろみの星から移住した新入社員などが登場する。

星旅少年 115p

 303は「まどろみの星」で失われてしまうかもしれない“記憶”に必要以上の興味をもっており、こう語っていた。

“そこに確かにあったものを記憶するのが僕の仕事なので
後悔も寂しさも全部大切な思い出ですから”

星旅少年 34p

星旅少年 91p

 舞台は終末期を迎えているような宇宙だが、けして悲しい物語ではない。切ないが、静かで優しい空気が丁寧に描かれていると感じる。

 また“眠り”を想起する夜の背景描写が多いのも特徴で、星が降る美しい夜に登場人物たちがとうとうと語り合うシーンは、まるで彼らの夜ふかしをのぞき見ているようで楽しくなった。本作で描かれる夜は救いのない暗闇ではなく、星々が照らす穏やかな時間なのだ。

 私は静かな夜になると頭が冴えてくる、いわゆる“夜型”だ。夜、そして旅が好きな自分には強く刺さる物語だった。

303が誘う、ミステリアスな眠りへの旅とは

星旅少年 208p

 303は、星々で“まだ眠っていない”人間と、もう“眠ってしまった”人間だったものに会いに行く。もうやってこない常連客との思い出を大切にする雑貨店の店主、眠ってしまった兄が明かさなかったちょっとした秘密にたどり着く少年、佇む木々とほのかに光る赤い実たち……。あたたかいような悲しいようなエピソードが、ゆるやかに続いていくのだと思って読んでいくと、良い意味でぼんやりとしていた物語の輪郭が明瞭になっていく。

 登場人物たちが語る「トビアスの木」の秘密。登場人物たちの過去や想い。そして303の行動の意味と思惑……。1巻のラストのコマを読んで、あなたは何を思うだろうか。

星旅少年 192p

 本作は眠れない夜におすすめだ。心地のよい切ないエピソードでリラックスできれば、すぐに深い眠りにつけそうだから。ただ私は気分が高揚し、ワクワクして続きが気になっている。静かな夜を描く本作には、ちょっと似つかわしくない感情かもしれないけれど。

「人はまだ、どこかで起きている」から、303の旅は続く。ぜひ『星旅少年』に、夜の旅へ誘われてほしい。

文=古林恭

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