『英国幻視の少年たち』の深沢仁による胸が痛い青春小説! 夏休み、「楽園」の墓守になった少年と、その島の秘密

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公開日:2022/7/9

渇き、海鳴り、僕の楽園
渇き、海鳴り、僕の楽園』(深沢仁/ポプラ社)

「退屈」という言葉が、本作『渇き、海鳴り、僕の楽園』(深沢仁/ポプラ社)には何度も出てくる。

 主人公の高校生、ウィリアム(ウィル)にとって、「退屈」は深刻だ。不自由、不条理、怒り、憎しみ、大人への冷めた視線……様々な感情を内包している。

 しかし大人はその意味を、字面通りにしかとらない。むしろ、退屈している子どもを甘いと見下す。私自身も大人になって忘れていたけれど、本作は、十代の「退屈」の痛みを、思い起こさせてくれる。爽やかではないし、熱い友情も家族の絆もないけれど、激しく胸を打つ「青春小説」だ。

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 アメリカの片田舎に住むウィルは、傲慢な父親と被害者意識の強い父親の恋人との生活に、鬱屈した感情を抱きながら「退屈」な生活をしていた。

 夏休み、ウィルは同級生のスカイの代わりに、遠い場所の「楽園」なる地で、バイトをすることになる。本来ならスカイが働くはずだったのだが、彼は日常的に継父に暴力をふるわれており、そのせいで骨折をして「楽園」に行くことができなくなってしまったのだ。

 しかしスカイは、この閉鎖的な町や、継父の暴力から逃げるため、どうしてもバイト代として手に入る三千ドルが必要だったため、ウィルに自分の身代わりを頼む。

 ウィルは正義感の強い少年ではない。シニカルで冷めた、(大人からすると)口が達者で生意気な性格だ。また、スカイと友達というわけでもなかったのだが、自分もまた「この町を抜け出したい」と考えていたことから彼に共感する部分もあり、「楽園」での「雑用」を引き受ける。

 だが、そこで待ち受けていたのは、――「墓守」(はかもり)の仕事。そして、その地で長く墓守を務めるグレイと出会う。彼は不愛想でミステリアス。この男性にも、そして島自体にも、何か秘密があるようで――。

 読んだ感想としては……「好き」。以上である。「好き」。こういう小説、「好き」。

 ただこれは別に冷静なわけではなく、「あああなにこれああーーーもおおおおぉぉちょっと待ってええぇぇスカイいいいぃぃ」という激しい感情を経て、結論「好き」になったという意味だ。……お分かりいただけるだろうか?(笑)

 著者の深沢仁先生は、「英国幻視の少年たち」シリーズや『この夏のこともどうせ忘れる』など、「少年の繊細な感情」「青春の鬱屈」を描くのが、とても巧みな作家だ。

 作風は主に、スピーディーな展開の起伏や大どんでん返しがあるわけではないのだが、その世界観――ファンタジックなモチーフ、登場人物の精緻な心理、セリフのユニークさ――に惹きこまれてしまう読者が多い。深沢先生にしか創り出せない唯一無二の「空気」にどっぷりハマってしまうのだ。

 その「空気」は決して明るくない。色褪せたような、灰がかったような、そんな印象を、私は感じる。しかし気が滅入るとか、そういうわけではない。どこか「からっと」していて、上品で、ユーモアがあって……。読者をイヤな気持ちにさせることはなく、安易な「大団円」「勧善懲悪」でもない、しかし希望を滲ませる読後感が……私は「好き」なのだ。

 本作は、墓守(グレイ)や「楽園」の秘密が気になり、夢中で読み進めてしまう面もありつつ、終盤のスカイの一件で、ウィルの、今まで抑えに抑えてきた感情が爆発したシーンが、本当に、本当にいいので、ぜひ読んでほしい。

 劇場版アニメ化とか……してほしいな。この世界観が映像になったら、すっごく美しいと思うのだけれど。続編もあったら嬉しい。今後の展開を期待したい。

文=雨野裾

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