北条政子は毒親だった!? 娘の嫁入りをめぐる暗闘と悲劇! 直木賞候補作『女人入眼』

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/15

女人入眼
女人入眼』(永井紗耶子/中央公論新社)

 子どもにとって母親というのは永遠の呪いになりうるのだろう。だが、母親はそれには気づかない。子どものためを思って突き進んだ道が間違いだとは一生気づけないものなのかもしれない。

 第167回直木賞候補作『女人入眼』(永井紗耶子/中央公論新社)を読むと、ふとそんなことを思う。この本の舞台は、今、注目の鎌倉時代。大河ドラマで描かれるのが男たちの戦いならば、この物語で描かれるのは、女たちの戦いだ。源頼朝と北条政子の間に生まれた大姫とその周囲の女たち。彼女たちの強くしなやかな姿が眼前へと浮かび上がってくる。

 時は、建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房であり、大江広元の娘である才媛・周子がこの物語の主人公だ。周子は、丹後局より宮中掌握の一手として源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させよとの命を受ける。関白・九条兼実の力を削ぎ、六条殿の力を安定させるためには、鎌倉を六条殿の味方につけるのがよく、そのためには大姫を入内させるのが得策だというのだ。だが、入内の指南役として鎌倉へ入った周子を待ち受けていたのは、気鬱の病を抱えた大姫と、その母親であり、自身の野望のためならばどんな手段を取ることも厭わない北条政子。決してわかり合えず、対立し合う母娘の姿に周子は困惑させられることになる。

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 男たちの戦いが戦場で行われるならば、女たちの戦いは後宮で行われる。さながら後宮は碁盤の目。どこにどの石を置くのかで、この先の政を誰が握るのかが決まってくる。だが、入内とはただ内裏に入ることだけではない。帝の寵愛を、他の姫君と争う必要が出てくるのは当然のことだ。それなのに、入内を目指す大姫はあまりにも繊細。初対面の人への挨拶もままならず、些細なことで心を乱してしまう。大姫の気鬱は、11年前、7つの時に許嫁を失ったのが原因ではないかというが、本当にそれだけが原因なのだろうか。周子をはじめとして、周囲の人たちが、彼女には入内など到底無理ではないかと感じるのは仕方のないことだろう。

 だが、大姫の母・北条政子はなんとしても大姫を入内させたい。大河ドラマを見ている人ならば、北条政子といえば、小池栄子が演じたコミカルな姿を思い出すだろうが、この物語で描かれる政子は強烈で、「毒母」と呼ぶにふさわしい。

「大姫自らが望むか、望まぬかなど、どうでもよい」

 政子は大姫を愛してはいるが、愛しているが故に、大姫の気持ちを無視する。そんな政子の姿に、周子は違和感を覚えながら大姫と向き合おうとする。次第に周子に心を開き、自身の苦悩を吐露する大姫。大姫と心通わせていく周子は、大姫の入内を諦める道を画策し始める。だが、政子が、自身の意に沿わない事態を許すはずもない。自身の望みの邪魔をする者を徹底的に排除する政子にはゾッとさせられる。娘のことなら何でもわかっているという母親の勘違いが、娘の運命をこんなにも狂わせてしまうとは。政子に愛されていることで不幸になっていく大姫の姿に胸が締め付けられる思いがする。

「大仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」

 これまで、「鎌倉時代の物語」といえば、男たちによる武士たちのものだと思ってきた。だが、この作品を読むと、この時代にも強く美しい女性たちが数多く活躍していたことに気づかされる。京とは全く異なる鎌倉の道理、女たちの闘いの中で苦悩しながらも、鎌倉という地で奮闘していく周子に、いつの間にか心寄せてしまう。戦で国を造り上げるのが男たちならば、その国を動かすのは、女たちの役目に違いない。あなたもこの本で鎌倉時代の新たな一面を垣間見てみてはいかがだろうか。特に、今、大河ドラマを見ている人ならば、この物語に間違いなく惹きつけられるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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