「語彙力でエモさを増幅させたい!」小説やマンガなどの創作活動に励む人のための『エモい古語辞典』

文芸・カルチャー

更新日:2022/8/4

エモい古語辞典
エモい古語辞典』(堀越英美:著、海島千本:イラスト/朝日出版社)

「エモい」という便利な言葉のせいで、日々語彙力が低下している気がする。英語の「emotional」(エモーショナル)の略から生まれたこの言葉は、移ろう季節、失恋、二度と戻らない過去など、感情が揺さぶられるどんな瞬間にだって使えてしまう。だが、すべてを「エモい」で済ませてしまうのはもったいない。日本古来の言葉には本当は多様な表現があるはず。特に、小説やマンガなどの創作活動に励む人の中には、自分のボキャブラリーの乏しさに危機感を覚えている人も多いのではないだろうか。

 そんな人に手にとってほしいのが『エモい古語辞典』(堀越英美:著、海島千本:イラスト/朝日出版社)。厳選された宝石のような1654語の古語と、海島千本さんの描くイラストが心を揺さぶる古語辞典だ。著者・堀越英美さんによれば、この本は、二次創作に挑戦したいマンガ好き中学生から「好きなキャラをエモく表現するために激エモな語彙を知りたい」と頼まれたことから誕生したとのこと。「エモさにふるえても語彙力を喪失したくない。むしろ語彙力でエモさを増幅させたい。これはそんな人のための辞典です」という言葉の通り、この本には、胸をうずかせる言葉がたくさん詰め込まれている。一次創作・二次創作の参考資料として、ネーミングのアイデア集として、好きな作品をより楽しむための予備知識としてなど、あらゆる場面で活用できそうな1冊だ。

 たとえば、「夕暮れ」を表す言葉をみてみると、映画『君の名は。』に登場した「夕暮れ」を表す造語「かたわれどき」のモチーフとなった「彼は誰時(かはたれどき)」「黄昏時・誰そ彼時(たそかれどき)」という表現以外にも、「灯点し頃(ひともしごろ)」(家々が明かりをともす夕暮れ時)、「雀色時(すずめいろどき)」(空がスズメの羽の色のようにうす暗くなったころ)、「逢魔が時(おうまがとき)」(魔物などの怪しいものに出会いそうな夕暮れ時)、「うそうそ時」(明暗のはっきりしない夕暮れ)などの表現が掲載されている。「夕暮れ」と一口に言っても、こんなにも多彩な表現があるとは。ページをめくればめくるほど、日本語の奥深さに圧倒される。

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 掲載されている例文も優美だ。たとえば、「ありえないこと、めったにないことのたとえ」を表す「海月の骨」の例文には、『夫木和歌抄』より「我が恋は 海の月をぞ 待ちわたる クラゲの骨に あふ夜ありやと」(クラゲがいくら待っても骨をもてないように、自分の恋もかなわないだろう)という和歌が掲載されている。また、言葉の由来について解説された語句も数多くあり、その説明は想像力を掻き立てる。たとえば、埼玉県秩父地方に伝わるかんむり座の呼び名「首飾り星(くびかざりぼし)」は、「藤原秀郷が平将門を破った際、平将門が自分を裏切った愛妾『桔梗の前』を斬りつけたところ、その死をあわれんだ秀郷が投げた『桔梗の前』の首飾りが星になったという伝説から」そのように呼ばれているとのこと。日々、創作活動に励む人ならば、語句の例文や由来に触発されて、新しい物語を思いつくこともありそうだ。

 日常ではもちろんのこと、創作活動では特に表現力が重要となる。著者・堀越さんは、『鬼滅の刃』に登場する「上弦の鬼」「下弦の鬼」という表現に注目し、もし、彼らが仮に「一軍の鬼」「二軍の鬼」と名付けられていたら、どうだろうかと述べる。確かに、「一軍」「二軍」では味気ない。闇夜にうごめいて人を殺める鬼の妖しさは月の弓の形で表現する古語「上弦」「下弦」によって、より引き立てられる。作品の世界観は、どのような表現を使うかによって左右されると言ってもいいだろう。

 だからこそ、この本は、創作活動に取り組む人にこそ、手にとってほしい。この辞典を使えば、あなたの作品をより魅力的なものへと進化させることができるに違いない。語彙力を失うほど心が強く動かされたとしても、その情景を美しい語句で彩りたい。そんな人はこの本をほんの少しひもといてみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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