色褪せない90’s青春グラフィティ! スタジオジブリアニメ原作『海がきこえる』の新装版!

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/11

海がきこえる〈新装版〉
海がきこえる〈新装版〉』(氷室冴子/徳間文庫)

 夏らしい爽やかな空気を全身に取り込みたい。そんな人は『海がきこえる〈新装版〉』(氷室冴子/徳間文庫)を手に取ってみてはいかがだろうか。この本は1993年にスタジオジブリが長編アニメ化した小説『海がきこえる』の新装版。アニメ「海がきこえる」でキャラクターデザイン・作画監督を務めた近藤勝也さんのカラーイラスト34点も収録されたこの作品には青春という時がみずみずしく生き生きと描き出されている。まさに今の季節にこそ読んでほしい一冊なのだ。

 主人公は大学進学を機に高知から上京してきた杜崎拓。同郷の友人からかかってきた電話によれば、同級生の武藤里伽子も東京の大学に進学したらしい。里伽子は高知の大学に進学するはずではなかったのか。拓は高校2年の夏の日、家庭の事情で東京から転校してきた彼女のことを思い出していた。

 季節外れの時期に転校してきた里伽子の存在を初めて拓に知らせたのは親友・松野豊だった。松野は彼女に一目ぼれ。松野はことあるごとに拓に里伽子の話をするようになる。拓は里伽子とは全く関わりがなかったが、その年の修学旅行をきっかけに里伽子に振り回されるように。里伽子は容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能。それなのに、人付き合いが苦手で、友人はほとんどいない。自分勝手でウソつき、勝ち気。だけれども、誰よりも傷ついている里伽子のことを拓は放っておけない。そして、読者も、刺々しい態度の里伽子の不思議な魅力に気が付けば惹きつけられてしまう。

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 この物語で描かれているのは、昭和の青春だ。登場人物たちが自宅の固定電話でやりとりをするなど、今の時代との違いを感じる場面はたくさんある。だが、昭和という時を経験していなくても、この物語を読んでいると、どういうわけだか懐かしさで胸がいっぱいになる。里伽子のことが気になっているのにもかかわらず、松野に気兼ねして、彼女への思いを押し殺そうとする拓。そんなことはつゆ知らず、気まぐれに拓を翻弄する里伽子。拓の思いに気づく松野。そして、すれ違っていく3人…。青春時代にそんな三角関係を経験していても、してなくても、素直になれなかった自分の高校時代のことがどうしたって思い出されてしまう。

「おまえら、ふたりでデートしよったとき、ぼくを見かけたがやってにゃ」
「デートじゃないよ。たまたま、正月明けの帯屋町で、ばったり会うてよ。どうせダメモトで映画さそったら、すんなりOKで、こっちのほうが驚いたぞ」

 心地よい土佐弁のリズムがノスタルジックな気分を高め、物語の合間に挿入される美しいイラストに目を奪われる。語り手の拓が淡々と思い出を回想していくのもいい。そして、時を経てようやく拓は自分が「里伽子のことがすごく好きだった」と気づく。痛みを抱えながらの回想、そして、思いがけない再会。物語が進めば進むほど、胸が高鳴ってしまう。

 爽やかな気分に浸れるこの本は今、夏にこそピッタリだ。あなたもこの本を読んで、拓たちの青春を体感してみてほしい。そして、自らの青春時代の思い出にたまにはどっぷり浸ってみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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